虎番疾風録

江本を守りたかった虎番たちの心 其の一3

【虎番疾風録(3)】江本を守りたかった虎番たちの心
【虎番疾風録(3)】江本を守りたかった虎番たちの心
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虎番疾風録 其の一2

「ベンチがアホやから野球がでけへん」―江本の例の発言を生で聞いたのは、甲子園球場のロッカールーム入り口で立っていた筆者と夕刊紙、大阪スポーツの先輩記者の2人だった。

「おい、いま江本、ベンチがアホやから―と言うたよな?」「ええ、アホやから、野球がでけへん―とも」

その人はニコッと笑って記者席へ飛んでいった。いやーな胸騒ぎを覚えた。おっつけ各社の記者もやってきた。「おい、エモやん、何か言うてたか?」。筆者は例の発言とその状況を正確に各社に伝えた。

余談だが後年、このときの行為が「新聞記者として間違っている」と批判されたことがある。朝日新聞の夕刊1面連載『ニッポン人脈記』の取材を受けたときだ。朝日の記者はこう言った。

「どうして各社に教えたんですか? すごい特ダネ発言やないですか」

プロ野球やサッカーなど試合後に取材する選手の多い競技は各社が協力し合って談話を取る。だから各社に伝えるのは当然のこと。そして、当時も今も大騒動に発展しかねない担当チームのスキャンダルを、好き好んで書きたいと思うような記者は産経には一人もいない―と答えると、不思議そうに首をひねっていた。

事実このときもそうだった。記者席へ戻り先輩の左方キャップに報告すると―。

「また、そんなこと言うたんか。ちっとも懲りとらんな。けど、状況から見てお前の質問に答えての発言やない。エモがいつも言うとるいわゆる愚痴や。字にせんでええやろ」

「いやぁ、それが…。大スポ(大阪スポーツ)もこの発言を聞いてるんです。ニコッと笑ってたから記事にすると思います」

「まずいな。愚痴とはいえ、こんな記事が出たらエモはもう終わりや。アカン、なんとかしたらな」

キャップの気持ちがうれしかった。いや、サンケイスポーツだけでなく、各社のキャップたちも同じように思っていた。

すぐにキャップたちは集まった。そして、ロッカールームに引き揚げた江本をもう一度呼び出し、発言の真意を確かめることになった。冷静になった今、江本に聞き直せば、当然この発言を否定するだろうし、いつもの「愚痴」として処理できる。みんな江本が好きで、守りたかったのである。

球場1階にある「OB会室」が臨時の会見場になった。新米の筆者も肉声を聞いたということで同席した。会見が始まった。さすがに江本の顔は穏やかになっている。左方キャップが聞いた。「龍一から、お前が通路でベンチがアホやからと言うたと報告があったんやが、ほんまにそんなこと言うたんか?」

〈エモさん、「言うてない」と言うてや〉

祈るような気持ちで江本の顔を見た。(敬称略)

虎番疾風録 其の一4

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