【本郷和人の日本史ナナメ読み】明治の女子教育(上)会津の気骨示した山川兄妹(3/3ページ) - 産経ニュース

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本郷和人の日本史ナナメ読み

明治の女子教育(上)会津の気骨示した山川兄妹

5人の留学生は無事アメリカに到着したものの、うち2人はホームシックになり、早々に帰国してしまいました。残った3人が山川捨松(のち大山巌夫人)、永井繁子(のち海軍大将・瓜生外吉(うりゅう・そときち)夫人)、それに最年少(満6歳)だった津田梅子です。彼女らは親友となり、交友は生涯続きました。なお、永井繁子はあまり有名じゃないな、なんて思っていたのですが、彼女の実兄は三井財閥を支えた実業家、また「千利休以来の大茶人」として有名な益田孝なんですね。幕府軍医の永井家の養女になっていて、姓が変わっていたので気がつきませんでした。さて、次週はこの3人の女性の話を。(次週に続く)

■白虎隊士から東大総長になった山川健次郎

会津藩士・山川重固(しげかた)の三男。子供の頃から秀才として知られる。満17歳で国費留学生として渡米。自らを厳しく律するために、わざと田舎町に住み、必死に英語をマスターした。戊辰戦争で亡くなった同郷の人々を思い出しながら研究に打ち込み、物理学者となった。このあたりの性根は、現代の私たちとは明らかに異なる。

【プロフィル】本郷和人(ほんごう・かずと) 東大史料編纂所教授。昭和35年、東京都生まれ。東大文学部卒。博士(文学)。専門は日本中世史。