関西の力

祇園祭(2)山鉾巡行「動く美術館」町衆の結束力示す豪華な装飾品

金200両で購入

 例えば、重要文化財に指定されている鶏鉾(にわとりほこ)の懸装品はもとは欧州から伝わったタペストリー。叙事詩「イーリアス」を出典とする作品だった。しかも裁断され、祇園祭の霰天神山(あられてんじんやま)と長浜曳山祭(滋賀県長浜市)の鳳凰山がそれぞれ分割所有している。鶏鉾は文化12(1815)年に購入、さらに鳳凰山も同14年に金200両で京都の商人から購入したという。

 だが、欧州のどこでつくられたのかは長らく分からなかった。町衆たちはタペストリーに刻まれた文字をもとに、ベルギー・ブリュッセルの工房にたどりついた。自分たちがいったい何を守っているのかをたどることで、町の結束力を高めたのだ。

150年ぶり復活

 洛中をほとんど焼いたとされる天明8(1788)年の大火など、京の町は幾度も、大火や戦火に襲われたが、祇園祭の山鉾はそうした悲劇に直面しても、町衆たちが力をあわせ、再興を繰り返してきた歴史を持っている。平成26年に約150年ぶりに復活した「大船鉾(おおふねほこ)」はそのいい例だ。

 元治元(1864)年の蛤(はまぐり)御門の変で失われた鷹山は、いまも再興を目指す「休み山」と呼ばれる山鉾だ(復活に向け練習を続ける囃子方(はやしかた))。平成38年までの復活を目指しているが、巨額の再建資金を集め、再建の機運を高めるのは難しい。それでも、鷹山保存会の山田純司理事長は「われわれの代で復活できなければできないという覚悟で臨みたい」と力を込める。

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