旧日本軍潜水艦「呂500」を若狭湾で発見 元乗組員が明かした「終戦後の出撃」秘話

 3隻は昭和21年4月30日に連合国軍総司令部(GHQ)により海没処分とされたが、爆破などはされなかったとみられ、「呂500は非常に(船体が)細くて全体がきれいに残っている」(浦氏)など、沈めたときの形をほぼ保っているという。

 中でも浦氏が呂500に注目する理由は、同艦が同盟国だったドイツで建造され、日本に唯一、譲り渡された歴史にある。就役したのは奇しくも真珠湾攻撃が行われた昭和16年12月8日。基準排水量1120トン、全長約76メートル、最大速力7・7ノット。ドイツでは艦名が「U511」だったが、日本海軍の所属となって呂500になった。

 同艦は当時、ドイツの占領地だったフランスのロリアン港を1943(昭和18)年5月に出港。ドイツ人艦長のもと、アフリカ大陸南端の喜望峰を回り、90日かかって日本海軍の軍港がある呉(広島)に入った。実はドイツが日本に引き渡そうとした潜水艦は2艦だったが、もう1艦は日本軍によって回航されていた途中、大西洋で撃沈されてしまったという。

 浦氏によると、Uボートは防振技術や防音技術など当時の日本にはない技術が詰まっていた。特に日本の潜水艦は騒音が大きかったといい、Uボートを参考に「(ドイツが防音を)どう実現したのかは、(日本が)勉強して取り入れているはず」という。

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