佐藤優の世界裏舞台

宗教に潜む〝狂気〟 「宗教的安全保障」を考える

平成7年3月の地下鉄サリン事件など計13事件で殺人罪などに問われ、死刑が確定していたオウム真理教元代表の麻原彰晃(しょうこう)死刑囚(63)=本名・松本智津夫(ちづお)=ら7人の教団元幹部の死刑が6日、執行された。

〈教団の前身の宗教団体「オウム神仙の会」は昭和59年2月に設立された。熊本県出身の麻原死刑囚が上京してヨガ道場を開き発展させた。当初、信者は十数人だったが、チベット仏教をうかがわせる教義や神秘性が信者の心をとらえた。麻原死刑囚は「尊師」として神格化され、出家信者は「正大師」「正悟師」などの序列でピラミッド型の階級社会を形成。幹部信者にはホーリーネーム(教団内での名称)が与えられるとあおり、財産の寄進や信者の勧誘を競わせた。教団内では「イニシエーション」(秘儀伝授)と称し、薬物などを使ったマインドコントロールも行われた。62年7月にオウム真理教に改称。麻原死刑囚は当時すでに、殺人を意味する「ポア」という言葉を発していたとされる〉(6日の産経ニュース)

救済のためなら、「ポア」も許されるというような教義を持つオウム真理教に「狂気」のカルトというレッテルを貼っても問題の本質はわからない。あえて言うがどの宗教にも「狂気」の要素はある。筆者は、日本基督教団(日本におけるプロテスタントの最大教派)に属するキリスト教徒で、同志社大学神学部と同大学院神学研究科で組織神学(キリスト教の理論)を学んだ。だからプロテスタンティズムの事例を紹介する。

16世紀の宗教改革者のマルティン・ルターだって、時の権力に反抗して立ち上がった農民の殺戮(さつりく)を推奨した。権力に対する反抗は罪なので、農民たちが罪に深入りしないうちに殺せば、魂の清さが保たれ、復活し、救済される可能性があるとして、救済のための殺人を正当化した。ナチスの指導者アドルフ・ヒトラーはルターを尊敬していた。オウム真理教だけを特殊視するのではなく、どの宗教にも潜む本質的な危険性について、掘り下げて考える必要がある。

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