没後70年、夭折の洋画家・松本竣介 アトリエ「綜合工房」寄付金で再現 群馬

 ■大川美術館「時代の空気を間近に」 目標500万円

 戦時中に生き、36歳の若さで生涯を閉じた洋画家、松本竣介(1912~48年)の優れたコレクションで知られる大川美術館(桐生市小曽根町)が、竣介のアトリエを館内に再現するため、一般から寄付金を募るクラウドファンディング(CF)を始めた。没後70年の今年、注目度が再び高まる早世の画家のアトリエ再現に、美術ファンの期待は高まっている。

 田中淳館長の発案で、同館は10月13日~来年6月16日に展示室で「松本竣介-アトリエ再現プロジェクト」の開催を計画。

 竣介のアトリエにあった椅子やテーブル、500冊に及ぶ書籍や書棚などは東京都内に保管されているが、それらを館内に運び、長期間管理して公開するには相当の費用が必要になる。このため、CFを実施することになった。

 寄付金の募集は6月1日に開始。今月末までに500万円を集めるのが目標で、寄付金額は既に380万円を超えた。

 同館は平成元年、三井物産を起点にダイエー副社長などを務めた桐生市出身の実業家、大川栄二(1924~2008年)が40年以上にわたり収集したコレクションから出発。収蔵作品は現在約7300点に上るが、その中でも代表作の「街」をはじめ、「自画像」、絶筆となった「建物(青)」など約70点の竣介の作品は重要な柱となっている。

 大川は、三井物産で商社マンになりたてのころに肺結核にかかり、週刊誌の表紙の絵だけが唯一の慰めになった経験がきっかけでコレクションを始めた。その後、画商から竣介の「ニコライ堂の横の道」を買って、人生が大きく変わったという。

 主任学芸員の小此木美代子さんは「戦時中に生き、不自由な表現活動の中で自分の描きたいものを描く竣介に魅力を感じたのでは」と語る。

 大川は竣介の家族らと交流したほか、竣介がともに刺激し合いながら創作活動をしていた親友の洋画家、難波田龍起の作品なども含めて収集していった。

 竣介は自身のアトリエを「綜合工房」と名付け、創作活動だけでなく、画家仲間との語らいや読書など多くの時間を過ごしてきたという。

 それが再現されれば、竣介に惚(ほ)れ込んだ大川だけでなく、近現代の洋画ファンにとって大きな喜びとなるに違いない。小此木さんは「竣介がいたアトリエの空気を間近に体感してもらいたい」と語る。

 CFの支援者には返礼として展覧会の招待状や記念品、展覧会カタログなどを用意している。問い合わせは同館(電)0277・46・3300。

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【プロフィル】松本竣介

 まつもと・しゅんすけ 明治45(1912)年、東京生まれ。大正3(1914)年、岩手県花巻に移り、その後、盛岡に住んだ。中学時代に聴覚を失う。昭和4年、画家を目指して上京。太平洋画会研究所で油彩画を学んだ。10年、二科展に「建物」が初入選。以後、都会風景を好んで描いた。11年に結婚し、妻の松本家に入籍。23年、36歳で死去。

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