20世紀最高の哲学書といわれる『存在と時間』は難解さでも群を抜く。筒井康隆さん(83)の新刊『誰にもわかるハイデガー』(河出書房新社)はこの大著の読みどころをつづった入門書。易しく、面白おかしい語り口に乗せられるうち、「死を思え」と説く深遠な哲学の入り口が見えてくる。(海老沢類)
『存在と時間』は独哲学者、マルティン・ハイデガー(1889~1976年)が1927年に出版した未完の書。「存在の意味は時間である」を命題に掲げ、現在だけではなく過去や将来をも含めた時間の中で存在の意味を捉え直す。当時から多くの読者を得たが、邦訳版を開いてみると「被投(ひとう)」「企投(きとう)」「現存在(げんそんざい)」「世界内存在」…と難解な単語がめじろ押し。読み進むのは容易ではない。
「確かに難解だけれど、後には残るんですよ」と筒井さんは言う。
「僕は小さい頃から本当に死が怖かった。それで理屈で自分を納得させようと哲学書を読んできた。その恐怖に打ちかつとはいかないまでも、なぐさめになったところはあるんですよ」
◆世の中の歪みが分かる
今回の本は筒井さんが平成2年に行った講演が基になっている。その2年ほど前、後のベストセラー小説『文学部唯野教授』などの執筆に追われた筒井さんは、胃を痛めて入院。死が身近にある病院生活の中、手に取ったのが『存在と時間』だった。約1カ月で通読し「死を魅力的にとらえている。これを分かりやすく、面白く伝えたい」と思ったという。