忠犬ハチ公が渋谷の駅前を離れる-。亡くなった飼い主の帰りを待ち続けた話で有名な渋谷のシンボル「ハチ公像」に全国行脚の案が浮上している。2020年東京五輪・パラリンピックのPRに一役買ってもらうのが狙いで、都が企画を主導しているという。だが、ハチ公を守り続けてきた地元からは、一時でも渋谷を離れることに根強い反発もある。(植木裕香子)
◇
関係者によると3月上旬、小池百合子知事側から渋谷区に対し「ハチ公像を五輪のPRとして全国を回らせたい」などとする打診があったという。
巡回先としてハチ公の生まれ故郷の秋田県大館市や東日本大震災の被災地、初代ハチ公像を制作した彫刻家、安藤照氏の出身地、鹿児島県などがあがっている。
大館市の福原淳嗣市長(50)は「ハチ公には故郷に錦を飾ってほしいと願っており、里帰りを希求しない市民は一人もいない」と歓迎する。
米映画「HACHI 約束の犬」の影響もあり、ハチ公の知名度は外国人の間でも高い。「ハチ公像目当てに大勢の外国人観光客が来れば、地域振興にもつながる」と福原市長は期待する。
同市では、5月に関係者を招待した「忠犬ハチ公慰霊祭」を開催。来年にはJR大館駅近くに観光交流施設「ハチ公の駅(仮称)」を完成させるなど準備を進める。
一方、地元・渋谷は複雑な反応だ。
東京五輪のPRに使うことについて、渋谷区の長谷部健区長(46)は「おもしろいアイデアだと思っている」としながらも「具体的にはまだ何も決まっておらず、関係先と前向きに意見交換を進めていきたい」とコメントするにとどまっている。
地元商店主らで構成される任意団体「忠犬ハチ公銅像維持会」の星野浩一副会長(80)も企画の趣旨には一定の理解を示すが、渋谷のシンボルだけに「ハチ公像を目当てに渋谷を訪れる観光客への対応を考える必要がある」と話す。
区民からも「ハチ公の物語の舞台も、語り継いできたのも渋谷。ハチ公像は渋谷にあるから意味がある」「五輪のPR活動のために移動させようという発想は、地元住民の思いのこもったハチ公像をただの銅像と扱うことと同じ」と疑問の声が聞こえる。
一時的とはいえ、ハチ公像が渋谷駅前から姿を消すとなれば、現在の像が再建された昭和23年以来、初となるだけに、ハチ公の行き先が気にかかる。
◇
【用語解説】忠犬ハチ公
秋田県大館市生まれの秋田犬。名前はハチ、ハチ公は愛称。飼い主の上野英三郎・東京帝大教授が大正14年5月に急死後も渋谷駅前で、約10年にわたって主人の帰りを毎日待ち続けたとされる。やがて忠犬ハチ公として広く知られるようになり、昭和9年に銅像が建てられた。戦時中の金属供出を経て、2代目が23年に再建された。