「やるぞ、やるぞ」あるいは「やめるぞ、やめるぞ」と緊張をあおり、交渉を優位に持ち込む手口が北朝鮮が伝統的に得意としてきた「瀬戸際戦術」だ。だが、米朝首脳会談をめぐってトランプ米大統領が北朝鮮のこけおどしにきっぱり「やめる」と通告したことで、その戦術があっさり封じ込められた。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の慌てぶりは、直後の行動にも顕著に現れた。金正恩氏にとって誤算が生じた経緯をたどると…。
(ソウル 桜井紀雄)
「尊厳高いわが国」に無礼な!
トランプ米大統領による会談中止通告は、北朝鮮外務省の高官が「会談の再考」をちらつかせた2つの談話がきっかけだった。
1つ目は、北朝鮮がその日に予定していた南北閣僚級会談の無期延期を通告した5月16日、金桂寛(ゲグァン)第1外務次官が出した談話だ。
談話は、先に核を放棄させ、後で補償する「リビア方式」という主張を「はばかることなく吐き出している」とボルトン米大統領補佐官を名指しで批判。「えせ憂国の志士だ」と罵倒した。「米国が敵視政策を終わらせることが先だ」とも要求した。
非核化は、あくまで北朝鮮が主導的に講じる措置であり、核を手放して独裁政権が倒れたリビアと「尊厳高いわが国」を同一視するな、一方的核廃棄を強要するな-と込められたメッセージは非常に分かりやすい。まずは米国が「敵視政策の解消」という見返りをよこせとも主張している。