空き家の屋根裏に身を隠して食料をあさり、海を渡ると、盗んだ健康保険証でインターネットカフェに潜む。愛媛県今治(いまばり)市の松山刑務所大井造船作業場から脱走した受刑者の平尾龍磨(たつま)容疑者(27)が逮捕された事件は、3週間余にわたる大胆不敵な逃走劇が世間の関心を集めた。一方、当初潜伏していた広島県尾道市の向島(むかいしま)で現金や衣類の盗難が相次ぎ、終日検問が実施されるなど、住民は不安で不自由な生活を強いられた。
平尾容疑者が模範囚で、脱走した大井造船作業場が「塀のない刑務所」と呼ばれ、スムーズな社会復帰が果たせるとして評価が高い開放的処遇施設だったことも注目された。法務省は再発防止策を検討しているが、開放と監視をどう両立させるか、今回の事件が突きつけた課題は多い。
◆「再建王」が開設
事件が起きた大井造船作業場はどんな施設なのか、おさらいしたい。愛媛県東温(とうおん)市にある松山刑務所から北東約50キロ離れた造船会社「新来島(しんくるしま)どっく」内にあり、同刑務所の構外泊まり込み作業場という位置づけだ。
戦後、松山市で映画館を開いて成功し、来島どっくや佐世保重工業などの再建を引き受け、「再建王」の異名をとった坪内寿夫(つぼうち・ひさお)氏が昭和36年に開設した。過酷なシベリア抑留経験がある坪内氏は受刑者の更生保護活動も熱心だった。
作業場で、平尾容疑者ら受刑者20人は新来島どっくの作業員とともに鉄板の加工や溶接などの造船作業に取り組み、鉄筋5階建ての寮で暮らしていた。作業場には刑務官13人が勤務するが、塀やフェンスはなく、寮の部屋の窓やドアにも鉄格子はおろか鍵もない。受刑者は自治組織をつくり自律しながら社会復帰に向けて溶接やフォークリフトの資格や免許取得を目指していた。
ただ、受刑者なら誰もが入れる施設ではない。