明治の50冊

(16)松原岩五郎「最暗黒の東京」 体験ルポルタージュの元祖

 同書は、貧困の当事者向けではなく、他者、つまり新聞や本の読者による共感や行動を期待してつづられている。最下層も富裕層も同じ人間であるという近代的価値観が前提だ。それを可能にしたのが「言文一致体」だった。江戸時代、武士のは漢文、平民は平仮名。漢字かな交じりの言文一致体は「国民」の誕生を示している。

 帝国憲法施行と帝国議会の開設が23年。国のかたちを整え、繁栄の道を進み始める一方で、社会から脱落していく人たち。放置していいのか。松原は訴える。

 《鹿鳴館の仮装舞踏会と貧民社会の庖厨(だいどこ)騒ぎとに軽重のあるはずなし》

 尾西さんは、「私的な考え」と前置きした上で、「同じ日本人として、苦しんでいる日本人がいるのは良くないと考える。他者に共感する心からナショナリズムが発露し、真正な国民感情が形成されてくる」。

 版元を変えながら長く読み継がれ、最新の講談社学術文庫版『最暗黒の東京』は平成27年に刊行された。企画した同文庫編集部は「五輪開催で盛り上がる一方で、東京は相変わらず格差や貧困の問題を抱えている」と再刊の理由を語る。読者からは「現代にも通じる問題が描かれている」などと好意的な感想が寄せられているという。(篠原知存)

 次回は28日『吉田松蔭』(徳富蘇峰)です。

【プロフィル】松原岩五郎

 まつばら・いわごろう 慶応2(1866)年、伯耆国(現・鳥取県)生まれ。一時、慶応義塾(現・慶応大)で学んだ。二葉亭四迷、幸田露伴らと交友があり、小説『長者鑑』などを出版後、新聞記者に。明治26年に乾坤一布衣(けんこんいちふい)の筆名で刊行した『最暗黒之東京』で評判を集め、ルポルタージュの開祖などと呼ばれる。日清戦争に従軍記者として派遣された。北海道についての紀行文を記し、「大雪山」の命名者といわれる。昭和10年死去。

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