※この記事は、月刊「正論6月号」から転載しました。ご購入はこちらへ。
今年3月26日から28日にかけ、北朝鮮の金正恩労働党委員長は中国を訪問した。訪中は秘密裏に行われた非公式なものであるが、中国の習近平国家主席は国賓に対する以上の歓待ぶりをもって金委員長を迎えた。
金委員長が北京に到着した当日、習主席は人民大会堂で彼のための歓迎式典を行い、首脳会談の後には歓迎の晩餐会も催した。翌日、習主席夫妻は釣魚台国賓館にて金委員長夫妻を午餐会に招き、昼食を共にしながら歓談した。釣魚台国賓館というのは中国政府が国賓を泊まらせるための迎賓館であるが、習主席が金委員長の宿泊施設にまで出向いて午餐会を開くとは、中国の国家元首としての最高級のもてなしである。
2017年11月に米国のトランプ大統領が訪中した時も、習主席は2日連続で大統領との夕食と昼食に付き合ったが、それは当然、相手が世界超大国の大統領ならではの厚遇である。
しかし同じ2017年12月に韓国の文在寅大統領が国賓として北京を訪問した時、習主席が彼と食事を共にしたのは公式の晩餐会だけ。文大統領が北京に到着した当日、習主席はもとより、中国指導部の誰一人として彼のことを相手にしなかった。
こうしてみると、習主席の金委員長に対する歓待ぶりはまさに国賓以上、米国大統領と同等である感じだが、よく考えてみれば、それは実に不思議なことである。
習氏が2013年に中国国家主席に就任してからのこの5年間、中朝関係は良好であるところか、むしろ冷え切っていた。金委員長はいつものように中国の立場や意向を無視して際どい行動を繰り返し、時には習主席の顔に泥を塗るような行動までを平気で行なった。
実際、金委員長は初訪中して習主席と会う前に、まず中国の頭越しに米国と交渉してトランプ大統領との首脳会談を決めておいたが、その時点で習主席のメンツはすでに丸潰れとなった。
しかしそれでも習主席は、今までは無礼千万であった金正恩委員長を最高級の礼遇ぶりで歓待した。それは一体、何故なのか。
もちろん習主席には習主席なりの外交戦略上の打算がある。南北首脳会談と米朝首脳会談を前にして、キーマンとなっている金委員長を厚遇して彼との親密ぶりをアピールすることによって、習主席は何とかして北朝鮮問題に対する中国の影響力を誇示することができた。
つまり習主席は外交カードの一枚として北朝鮮と金委員長を大いに利用しようとしている、だからこそ、金委員長の訪中を快く受け入れて「熱烈歓迎」した。
しかしそれにしても、中国と北朝鮮の両サイドから流された習・金会談の映像や紹介されたエピソードの数々から分かるように、習主席の金委員長に対する態度の温かさや首脳間の親密ぶりには打算のための演出の域を超えた何かの真実味があった。歓迎の晩餐会で習主席が時価128万元の超高級白酒「茅台酒」を開けて金委員長と親しく飲み交わした場面があったが、中国流の宴会の席上ではそれは普通、賓客に最大の好意を示し相手に胸襟を開こうとする挙動である。
どうやら習主席は、この初対面(のはずの)外国首脳に多大な好感をよせ、金委員長に対する個人的感情は至って良いものである。以前は日本の安倍晋三首相と初会談したとき、習主席が苦虫を噛みつぶしたような表情であったことが話題となったが、そのことからも分かるように、習主席という指導者は時には外交上の儀礼や打算に構わずに、個人的な好き嫌いを赤裸々に顔に出してしまう習性がある。