今の日本では、教育に関して、都市部と地方では大きな格差はない。しかし、中国ではずいぶんと事情は異なるようだ。中国の都市部では従来の詰め込み型教育から個性重視教育に価値を見いだす家庭が増えるなど大きな変化が見られる一方、国民の多数を占める農村部では地方政府の財政難で慢性的な教師不足に陥り、子供の就学率は依然低い。経済成長を持続させる上で大きな不安材料だが、中国政府が本格的なてこ入れを図っても抜本的解決策は見えてこない。背景には、生まれた地域で国民の戸籍を分ける中国特有の「戸籍制度」も関係しているという。教育格差を生む制度とは、どのようなものなのか。(桑村朋)
都市部では個性育む教育に注目集まる
昨年10月の中国共産党第19回全国代表大会。習近平総書記は「教育事業を優先的に発展させる」と力を込めた。また、党教育部幹部は前回大会以降の5年間の政策で、都市部の大学に入った農村部の学生が増加したと成果を強調し、「一人一人に公平で質の高い教育を提供する」と約束したという。
中国政府が目指すのは、義務教育の都市部と農村部の一体的な発展だ。「北上広深(北京、上海、広州、深セン)」など都市部の学校では、すでに基礎教育は先進国と比べても遜色ないレベルで行われている。実際に訪れてみると、「共産主義」の国とは思えないほど、個性を重視した教育が取り入れられていた。
昨年12月に訪れた首都・北京市西城区の市立育翔小学校。そこには、通常の授業を終えた児童らが塾に向かうでもなく、グラウンドや各教室へ出向き、放課後のクラブ活動にいそしむ姿があった。ダンスや合唱、書道など、クラブ数はなんと約100。二胡や古筝(こそう)など伝統楽器の活動もあり、全校児童約3760人の大半が参加している。
活動費は政府が負担しており、学外から講師を招いて本格的に活動するクラブもあるそうだ。「いま中国では個性を育む教育が重視されている。興味のあるクラブに親しみながら、自分の個性や素養を高めてほしい」と陳永珍校長。学力だけでなく、興味や関心を広げる活動に力を入れ始めたのはここ数年。入部はインターネットで申し込み、先着順で決まる仕組みだ。
農村部の6割超が高校未進学との調査も
「学歴主義」の価値観が根強く残る中国では、今でも熾烈な受験戦争が全土で繰り広げられる。大学受験制度「高考(ガオカオ)」は、合格率が数千倍にも上ったという王朝時代の官僚試験「科挙」になぞられるほど。詰め込み型教育が残る一方、都市部に限っては個人本位の個性重視教育に価値を見いだす家庭も徐々に増えてきているようだ。
こうした現象は、「やりたいことをさせられる」ほど、都市部で経済的に余裕のある家庭が増えたことが要因でもある。だが、低所得層の多い農村部では、財政難から学校側も教師不足などの問題を抱え、満足に学校に通えない子供も残っている。
実際、米スタンフォード大の研究チームの調査では、中国の都市部では9割超が高校に進学しているのに対し、農村部では6割超が高校に進学せず、約半数の乳幼児が知能の発育が遅れているとの結果が出ているという。
東京大大学院の阿古智子准教授(現代中国研究)によると、中国は中央と地方で財源を分けているが、財政難の地方政府の農村部では中央から補助金があまり出ず、優秀な人材を受け持つ重点校は作れても、その他大勢の学校を含めて全体的な底上げをするのは難しいという。
阿古准教授が行った過去の調査では、雲南省などの農村部では何年かに一度しか生徒を受け入れられない学校も散見されたといい、「最近は格差解消に力を入れ、就学率も昔よりは上がっているが、ここ数年で解決するほど単純な問題ではない」と指摘する。
かつて経済協力開発機構(OECD)の国際学習到達度調査(PISA)で、上海が全3科目で1位を独占したことが話題になったが、阿古准教授は「都市部でエリートを育て、あたかも教育が国全体で進んでいるかのように見えるが、政府が口にする『公平な教育の提供』はほど遠い。生まれた地域に関係なく、頑張った子が報われる社会には時間がかかる」とした。
都市部4億人、農村部9億人…
中国の教育格差を解消できない背景に、国民の戸籍を「農業」(農村部住民)と「非農業」(都市部住民)に分ける「戸籍制度」がある。日本では考えられないが、生まれた時に与えられた戸籍により、医療や社会保障など多くの分野で行政サービスに違いがあり、格差是正を阻む大きな障壁となっている。
中国の戸籍制度ができたのは戦後の1950年代といわれる。都市部の食糧供給を安定させ、社会保障を充実させるために導入された。農村部から都市部への移住は厳しく制限されてきた歴史があり、現在は全人口の6割超が「農業」、4割弱が「非農業」戸籍といわれている。
改革開放後、規制は緩和され、農村戸籍者の都市部への移住や就学は解禁された。ただ、いまだに多くの分野で待遇の違いが明確に存在し、日本のような自由な転居はしづらい環境だ。近年、都市によっては改善されつつあるものの、農村出身の出稼ぎ労働者は都市部に越しても戸籍を変えられず、都市戸籍と同じ行政サービスを受けられない人も多い。
教育面では、都市部の大学で農村戸籍の受験生の合格最低点が地元の都市戸籍の学生よりも高く設定されたり、支払う学費も都市戸籍の学生より高いなど、農村戸籍の若者が都市部に集中する優秀大学に入りづらい構造的な問題が、教育格差の遠因となっているとの指摘も少なくない。
中国政府は2014年、2020年までに農村戸籍を廃止し、1つの住民戸籍に統一するとの目標を打ち出した。だが、中国国内の専門家でさえも、「格差がすでに根付いてしまった中国社会でさまざまな待遇を平等にするのは、数年間でできることではない。より具体的な提案と時間が必要」との声が上がっており、改善に向かうかは不透明な状況だ。