政治デスクノート

文書問題、諸々の根源は菅直人氏にあり

 次官級経験者は「日本が外国と逆になったきっかけは、薬害エイズ問題だろう」と指摘した。

 非加熱の血液製剤を治療に投与されたことで多数のHIV感染者やエイズ患者が出て、当時の製薬会社や厚生省関係者らが刑事事件に問われる事態にまで発展した。このときに株を上げたのが当時の菅直人厚相(71)だった。

 菅氏はブログで「薬害エイズ事件と情報公開」(昨年10月28日付)と当時を振り返っているが、8年1月に厚相に就くと厚生省の「官僚が先輩の失敗を隠すために資料を隠ぺいした」(同日付)のを「見つけ出し、公表し」(今年3月24日付)、後に感染者の拡大は国に責任があるとしてHIV患者らに謝罪した。

 この実績は菅氏が首相まで上り詰める原点になった。公表した当時の資料が公文書に該当するかどうか検証が必要なところもあろうが、菅氏は情報公開の「先駆者」として情報公開法制定の流れをつけたことは間違いない。

 公文書管理法が施行された23年4月1日は、くしくも菅内閣だった。前月11日に東日本大震災が発生し、東京電力福島第1原発事故も起きた。菅首相は原発事故について「薬害エイズの構造とそっくりだ」などと東電や経済産業省を批判していた。