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西日本鉄道・吉中美保子さん(1)

あまおうプレミアムスパークリングワイン
あまおうプレミアムスパークリングワイン

 ■沿線の心が詰まったスパークリングワイン

 平成31年(2019)春、西鉄天神大牟田線に、車内で食事を楽しめる観光列車「THE RAIL KITCHEN CHIKUGO(ザ レールキッチン チクゴ)」が誕生します。沿線地域の工芸品などを使用した列車内に、大型キッチンを備え、沿線の食材を使用した温かい料理をお客さまに提供する予定です。地域の魅力や素晴らしい資源を発掘、活用し、観光列車を通して情報発信することで、沿線地域の活性化を目指しています。

 私にとって、地域資源を発掘、活用しようという発想の原点は、25年に発売した「あまおうプレミアムスパークリングワイン」にあります。

 きっかけは、農家に嫁いだ友人と農業の6次産業化について話をしたことでした。農業の6次産業化はとても注目されている分野ですが、農家自身が行うのはすごく大変だと。何しろ旬の時期は収穫で寝る暇もないほど忙しい。その上、商品のロットが小さいと採算に合わず、ロットを大きくすると今度は設備投資や雇用などのリスクが高まる。販路を探し、販売することの大変さ…。

 そのような話を聞くうちに、農家にとって負担の大きい部分を企業が支援することで、農業の活性化につながるのでは、と考えるようになったのです。「地域とともに歩み、ともに発展します」を基本理念に掲げる西鉄として、取り組むべきことだと思い、同じ部署のメンバーと企画を立てました。天神大牟田線の沿線で生産されたイチゴ「あまおう」を、同じく沿線のワイナリーで加工し、始発駅かつ九州最大の消費地である天神から売り出す企画です。

 原料のあまおうは、JA柳川にお願いしました。JA柳川は、サイズが揃(そろ)っていない、形が悪いなどの理由から加工用に回すあまおうを収集する仕組みを、いち早く確立されていました。ワインの製造は、久留米市の「巨峰ワイナリー」に担っていただきました。巨峰ワイナリーは、生産者の思いをそのままに、農産物の良さを最大限に引き出すワイナリーです。西鉄の役割は企画と販売です。

 順調に進んでいた企画ですが、販売方法を検討している段階で問題が生じました。お酒を販売するには、酒類販売免許が必要です。免許を持つ複数の会社に協力を打診したところ、「価格が高く売れるイメージがわかない」と難色を示されたのです。生のあまおうを使い、手作りで醸されるワインは、春にしか仕込むことができず、製造できる数も限られています。当然、工場で大量生産される商品のように安くはつくれません。

 食の安全や地産地消への関心が高くなってきたとはいえ、物販の現場ではやはり、低価格が重視されることを改めて感じました。販路が見えなければ商品化はできません。私たちは、費用を抑える工夫をしながらも、商品の背景にあるストーリーや思いを伝え、そこに価値を見出してもらうよう周囲の説得を続けました。

 熱意が伝わったのか、グループ会社の西鉄ストアが協力してくれることになり、500本のテスト販売という形でスタートを切ることができました。

 西鉄ストアに並んだ、あまおうプレミアムスパークリングワイン(750ミリリットル入り税別2840円)は、私たちの不安をよそに、すぐに売り切れました。次の年からは製造本数を2500本に増やし、より多くのお客さまの手に届けられるようになりました。

 ビンを開けると、ふわりと漂うあまおうの香り、美しいルビー色。1本1本にあまおう約50粒と関係者の思いがぎゅっとつまっています。今年も、すでに仕込みを開始しており、5月末には販売を開始する予定です。このワインが、多くの方に愛され、その消費を通じて地域が元気になって欲しい。その思いは今も変わりません。

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【プロフィル】吉中美保子

 よしなか・みほこ 西日本鉄道株式会社。事業創造本部観光・レジャー事業部観光列車プロジェクト担当課長。福岡市役所勤務や大学院博士課程での研究経験を経て、西鉄に入社。博士(工学)。

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