別荘文化のまち神奈川・大磯町にもかつて皇族邸 梨本宮 戦犯ぬれぎぬで一時収監も

別荘文化のまち神奈川・大磯町にもかつて皇族邸 梨本宮 戦犯ぬれぎぬで一時収監も
別荘文化のまち神奈川・大磯町にもかつて皇族邸 梨本宮 戦犯ぬれぎぬで一時収監も
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 明治から大正にかけて、政治家や文化人など名士たちの別荘が数多く建てられて別荘文化が隆盛を極めた神奈川県大磯町。そこにかつて、見事な別荘(別邸)を構えた皇族がいた。激動の生涯を送った旧皇族の梨本宮守正王だ。軍人として日露戦争や第一次世界大戦に参加したが、先の大戦後には、いわれのないまま皇族として唯一、いわゆるA級戦犯の容疑をかけられて一時収監された悲運の皇族と、大磯との縁を振り返る。

 守正王は明治7(1874)年、久邇宮朝彦親王の第4王子として誕生。梨本宮家が子宝に恵まれなかったことなどから、同宮家を継承した。29年に陸軍士官学校を卒業。33年に結婚して、2人の女王をもうけた。36年に渡仏して留学。日露戦争では、第三軍付の武官として出征した。

伊勢の祭主に

 守正王は、再び仏に留学。当時の帰国した際の様子は、『昭和天皇実録』に記載がある。42年8月11日、「欧(おう)洲(しゅう)より帰国挨拶のため参邸の守正王・同妃伊都子と御対顔になり、御土産として軍艦模型等の贈進を受けられる」とある。

 また、第一次世界大戦では部隊長を歴任。陸軍大将となり、元帥の称号をもらった。一方、先の大戦中の昭和18年2月12日の『昭和天皇実録』には、「午前十時五十四分、御学問所において軍事参議院議長守正王に謁を賜(たま)い、この日東一ノ間に開催の軍事参議会において曩に御諮詢の鉄道兵操典制定案を審議可決した旨の奉答を受けられる」との記載がある。