川崎老人ホーム転落死 無罪主張…不可解な説明 22日に判決 被告の自白信用性争点

 川崎市の介護付き有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で平成26年11〜12月、入所者3人が転落死した事件で、殺人罪に問われている元施設職員、今井隼人被告(25)の裁判員裁判が大詰めを迎えている。1月から21回を重ねた公判で今井被告は一貫して無罪を主張したが、説明には不可解さも残った。逮捕段階での自白が信用できるかどうかが最大の争点で、22日に迫った判決の行方が注目される。(内藤怜央)

 ■「強要された」

 「意見を述べさせていただきます。私は何もやっていない」。1月23日の初公判。黒のスーツに黒縁のめがね姿で入廷した今井被告は裁判員らを前に、語気を強めてそう言い切った。

 捜査関係者らによると、今井被告は県警の任意聴取時や殺人容疑での逮捕直後、「本当のことを話さないといけないと思った」などと供述。3人全員の殺害を認めたが、その後、黙秘し、起訴後の公判前整理手続きで否認に転じた。

 裁判では、警察と検察による取り調べの様子を録音・録画した映像が放映された。「殺そうと思って殺した」などと手ぶりを交えて答えており、検察側から「なぜ当時と話が変わったのか」と問われると、「認めないと警察が家族をマスコミから守ってくれないと思った。(捜査員の)機嫌を損ねたくなかったので、自分の知識や勤務経験から想像して供述をした」と説明。「自白は強要されたものだ」と訴えた。

 ■事件性と犯人性

 理解しづらい説明もあった。

 今井被告は自身に、特定の出来事の記憶が抜け落ちるなどの症状がみられる「解離性障害」があり、事件の記憶がないのもそのためだと考えていたという。だが公判前に実施された精神鑑定でそうした疾病はないことが確認されたため、「記憶がないのは病気のせいじゃない。実際にやっていないからだと思うようになった」と振り返った。

 裁判では、一連の転落死が本当に事件なのかどうかの「事件性」、事件だったとしても、今井被告が本当に犯人かどうかの「犯人性」も争われた。

 被害者は居室のベランダから転落死したとみられるが、検察側は遺族の証言などをもとに、いずれも自力でベランダを乗り越えることは困難だったなどと主張。弁護側は、被害者は認知症で徘徊(はいかい)癖があったなどとし、事件とは断定できないと訴えた。

 犯人性については、検察側は「転落は3件とも夜間に発生し、いずれの日にも夜勤を担当した職員は、今井被告だけ」と強調。弁護側は「防犯カメラの映像や目撃者の証言もなく、物的な証拠がない」とした。さらに、仮に犯人でも、生まれつき発達障害などがあり責任能力が限定的とした。

 ■最後のチャンス

 今井被告は、証人出廷した母親の言葉にも、特に動揺を示すことはなかった。

 2月8日の公判で母親は、今井被告から「『(自殺を)手助けしたわけではなく、自分がやった』と聞かされた」と証言。「知っていることを知っているまま話すことが、人生をリセットする最後のチャンス」と述べた。今井被告はそれまでの公判中と同様、淡々とメモを取っていた。

 2月27日の意見陳述では、遺族は言いようのない悲しみを語った。

 1番目に転落死した丑沢(うしざわ)民雄さん=当時(87)=の長女は「もう一度父を故郷へ連れて行きたかった。ひ孫の顔を見せてあげたかった」と無念さをにじませた。2番目の仲川智恵子さん=同(86)=の長男は「母には100歳まで生きてほしかった。それも今はかなわない」。

 3番目の浅見布子(のぶこ)さん=同(96)=の三女は「あなたの家族が同じ目にあったらどう思いますか」と今井被告に問いかけた。今井被告はメモの手を置き、表情を崩さずにじっと聞いていた。

 今月1日の論告求刑公判で、検察側は死刑を求刑し、弁護側は無罪を主張。公判の最後に今井被告は「信じてください。私は何もやっていません」と訴えた。果たして裁判員らは、逮捕当時と公判中、どちらの言葉を信じるか。判決は22日に言い渡される予定だ。

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 ■川崎連続転落死事件 川崎市の介護付き有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で平成26年11〜12月、入所者の男女3人が転落死したことが翌27年9月に発覚。県警は28年2月15日に今井隼人被告(25)を丑沢民雄さんへの殺人容疑で逮捕し、その後、仲川智恵子さんと浅見布子さんへの殺人容疑でも逮捕した。横浜地検は3件の殺人罪で起訴。起訴状によると、26年11月に丑沢さんを施設4階のベランダから投げ落として殺害。翌12月には仲川さんを4階のベランダから、浅見さんを6階のベランダからそれぞれ投げ落として殺害したとしている

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