山上路夫「翼をください」誕生秘話 七転八倒…書き直した歌詞

(宮川浩和撮影)
(宮川浩和撮影)

 音楽グループ「赤い鳥」の代表曲「翼をください」が発表されたのは、昭和45年の音楽フェスティバル。その後も合唱曲として歌い継がれ、昨年12月にもアルバム「『翼をください』を作った男たち」が発売されるなど、多くの人々に愛され続けている。作詞した山上路夫(81)に誕生の舞台裏を聞いた。

 山上は1960年代に作曲家、いずみたくと組んでヒット曲「世界は二人のために」(佐良直美)や「夜明けのスキャット」(由紀さおり)などを発表。歌手の個性を生かす表現力が話題を呼び、次々に依頼が舞い込むようになった。「30代前半の頃は年間300曲ほど書いていた」という。

 そんな山上が昭和45年に三重県で開かれた「合歓(ねむ)ポピュラーフェスティバル」で「赤い鳥」が歌唱するようにと書いたのが「翼をください」だ。作曲は、今も音楽プロデューサーとして世界で活躍する村井邦彦(72)。山上は最初、「希望」をテーマに書き上げ、村井に「ゴスペル調にしたら?」と提案した。すると「全く歌詞に合っていないのに、とても良い曲が戻ってきた。その段階で締め切りまであと3日だったけれども、この旋律に負けないように歌詞を書き直した。七転八倒しました」。

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