坂東武士の系譜・第3部プロローグ

擾乱の時代 足利尊氏の肖像「朝敵」のイメージを超えて

 だが、画像上部に尊氏の三男で2代将軍、義詮の花押がある。父の肖像の上に書いたとすれば、当時としては非常識であり、馬具の家紋も足利氏のものとは違う。

 家紋などから足利氏の執事、高(こうの)師直(もろなお)(?〜1351年)か、その一族との説が有力。兜が落ち、矢も折れた激戦の中、奮闘した忠誠心を認めた証しとして義詮がサインを入れたとすれば道理は通る。

 この絵が長く尊氏像と認知されてきたことについて、江田さんは「後醍醐天皇に弓を引いた朝敵のイメージがぴたりとマッチしてきた」。だが、新たに発見された肖像がイメージを大きく覆す。尊氏はどんな人物だったのか。

 足利尊氏(あしかが・たかうじ)1305〜58年。足利氏7代貞氏の次男。母は上杉頼重の娘、清子。正室は北条氏一門の赤橋守時(16代執権)の妹、登子。室町幕府の初代征夷大将軍。

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