坂東武士の系譜・第3部プロローグ

擾乱の時代 足利尊氏の肖像「朝敵」のイメージを超えて

【坂東武士の系譜・第3部プロローグ】擾乱の時代 足利尊氏の肖像「朝敵」のイメージを超えて
【坂東武士の系譜・第3部プロローグ】擾乱の時代 足利尊氏の肖像「朝敵」のイメージを超えて
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 「勃興の時代」「飛躍の時代」に続く完結編の第3部「擾乱(じょうらん)の時代」は鎌倉幕府が滅亡し、南北朝の対立、室町幕府の内紛、戦国時代につながる時代の坂東武士を追う。県内ゆかりの武将の活躍は史料に残る例も多く、大暴れする人物も。まずは室町時代を切り開いた足利尊氏の足跡と人物像を追う。

 新たに発見された足利尊氏の顔が昨年秋、県立博物館(宇都宮市睦町)で公開された。束帯姿で笏(しゃく)を持つ正装で、下がりまゆ、たれ目、大ぶりの鼻と優しげな顔立ちだ。同館学芸部長、江田郁夫さんは「画像の持つイメージは大きい。貴族然として落ち着いた理知的な風貌」と話す。尊氏への見方は大きく変わりつつある。そんな状況を象徴する新発見だ。

 平成27年3月、東京都内でこの絵を発見した一人、同館特別研究員の本田諭さんは「すぐに尊氏と分かった」と振り返る。

 箱書きは「天神像」。すなわち菅原道真の肖像としていたが、画面上部の文章に、尊氏を示す「長寿寺殿」という言葉があり、尊氏の業績である国内66州に寺や塔を建立したことが記され、決め手となった。それに、「中世の尊氏像は全て見てきた」という本田さんによると、大分県国東市の安国寺「足利尊氏坐像」(木造、国重要文化財)は「そっくりと言っていい」。中世の木造や最も古い肖像画、広島県尾道市の浄土寺「足利尊氏像」、さらには「息子・足利義詮(よしあきら)(1330〜67年)の肖像画とも似ている」。