チャーチル元英首相、見誤った日本観 マレー作戦を予測→日本軍を過小評価しシンガポール陥落

「固定観念ぬぐい去れず

ロンドン大経済政治学院(LSE)のアントニー・ベスト准教授

 英国は、日本軍が米国との交渉が決裂すれば、タイ進駐を手始めにシンガポールを攻略するマレー作戦や蘭印作戦を準備していることを事前に正確に把握していた。戦争回避ではなくルーズベルト米大統領にアジア、欧州で英国支持を確約させることを外交目標としていたチャーチル英首相は日本の軍事作戦を予測しながら、「日本軍には英国を攻撃する力はない」と実力を過小評価する固定観念をぬぐい去れず、シンガポール陥落などの大惨事を招いた。(聞き手 岡部伸)

■マレー作戦 1941年12月8日、日本陸軍が英領だった旧マラヤ北部のコタバル(現マレーシア)に上陸し、マレー半島タイ領のシンゴラ、パタニにも上陸して英軍と戦闘を開始。英国の戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と「レパルス」を撃沈した。作戦の目標は、英国の重要な植民地とされていたマレー半島の南に浮かぶシンガポールだった。強力な要塞を築いていたため、日本軍は海上からではなく防御の弱いマレー半島を南下し、42年2月15日には英マレー軍司令官のパーシバル中将が日本陸軍の山下奉文(ともゆき)中将に無条件降伏した。

会員限定記事会員サービス詳細