今も語りぐさとなるラジオ中継である。1936年のベルリン五輪女子200メートル平泳ぎ決勝で、前畑秀子と地元ドイツのマルタ・ゲネンゲルが激闘を演じていた。「前畑がんばれ!」。NHKのアナウンサーは、24回も連呼した。
▼スタンドには、軍服姿のヒトラーの姿もあった。結果は0秒6差で前畑が勝利を収め、日本女子として初めての金メダルに輝く。五輪後に製作された記録映画「美の祭典」には、激闘の場面はカットされていた。
▼ベルリン五輪は、ヒトラーがナチスドイツの国威発揚のために開いたとされる。見事な演出で、「平和国家」を印象づけた。しかし、この大会から始まった聖火リレーが回った地域は、まもなくドイツ軍の武力侵攻を受ける。
▼韓国・平昌(ピョンチャン)五輪がいよいよ開幕する。開会式の注目の的は、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の妹、金与正(ヨジョン)氏の出席である。両国は「統一旗」を先頭に、合同入場行進を行う。韓国メディアは、美女ぞろいの応援団の動向を追いかけるのに忙しい。
▼北朝鮮は、自ら盛り上げてきた融和ムードにも平気で冷水を浴びせかける。平壌で昨日、朝鮮人民軍創建70年を記念する軍事パレードを断行した。国際社会からの孤立に苦しむ北朝鮮にとって、五輪は体制宣伝の絶好の機会であった。とはいえ、もうかき回されるのはたくさんだ。
▼開会式に出席する安倍晋三首相とペンス米副大統領は、北朝鮮との対話に前のめりな韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領にくぎを刺す構えである。五輪は、「選手第一」の本来の姿に戻るだろう。前畑は決勝の直前に、必勝を期してお守りをのみ込んだ、との逸話を残す。厳しい練習に耐え、プレッシャーと戦い続ける選手に、「がんばれ!」を連呼したい。