正論3月号

暗殺におびえる習近平国家主席の胸算用 関係最悪の北朝鮮には震える? 河添恵子

 ただ、長年、中国共産党でその香港を支配してきたのは習一派の敵、江沢民派である。「江派二号人物」の曽慶紅元国家副主席(二〇〇二年十一月の第十六回党大会で序列五位)の流れを引き継いできたのは、前政権でチャイナセブン(中央政治局常務委員七人)の序列三位だった張徳江・全国人民代表大会常務委員会委員長だ。

 北朝鮮エキスパートで吉林幇の彼は、香港を主管する中国政府の最高機関「中央香港マカオ工作協調小組」の組長である。「香港・中国経済貿易緊密化協定」(CEPA)が施行された二〇〇四年、広東省書記として香港を初めて訪れた彼は汎(拡大)珠江デルタ区域フォーラムの呼びかけ人となり、香港の中国化工作の先陣を切った。

 香港が江沢民派に掌握されているジレンマなのか、習主席は返還二十年の行事に合わせて、昨年六月二十九日から七月一日まで、九年ぶりに同地を訪問したが、複数のメディアは、「江沢民派と表裏一体で張徳江と近い」行政長官の梁振英との握手を、習主席が二度、拒んだことを報じた。新たに行政長官に就任した林鄭月娥(キャリー・ラム)も、「張徳江が推した人物」とされる。

 ただ、その張徳江も今年三月に開催予定の全国人民代表大会(全人代)で、年齢により全人代常務委員会委員長を退職するはずで、中央香港マカオ工作協調小組の組長には、習主席の側近中の側近で、プーチン大統領とのホットラインを構築してきた栗戦書(現序列三位)が就任すると専門家らは見ている。

 とすれば、香港は徐々に江一派から習一派の牙城になる? いずれにせよ、国際社会が香港を「自由と民主と健全な資本主義が栄えた地域」と勘違いしていないことを祈りたい。同地は所詮、中国など権力者が牛耳る闇利権のホットスポットなのだ。

北朝鮮をダシに体制転換

 この五年ほどの間、金王朝との関係が密接だった石油閥の周永康(元序列九位で終身刑)や軍人元2トップ、郭伯雄と徐才厚らを次々と獄中や鬼籍に送り、習独裁への布石を着々と打ってきた習政権にとって、国際社会からの北朝鮮への制裁の動きは渡りに船でもあった。

 米財務省が北朝鮮との商取引に関与した中国人や遼寧省丹東市などの中国企業、船舶などに対する制裁を発表したが、「敵陣=江沢民派の制裁」になるためだ。米国内の資産の凍結、米国人との取引が禁止となれば、江沢民派の弱体化と無力化に拍車をかける。とすれば習一派としては、我慢と忍耐でこの機会をフル活用したいはずだ。

 北朝鮮貿易で長年、主役の地位にあった丹東港集団だが、昨年十一月に中期債券債務不履行(デフォルト)が報じられた。東北アジア経済圏の中心、北朝鮮との国境に位置する丹東港の管轄権を持つ同集団の王文良会長は、クリントン財団の元幹部で選対幹部も務めた「クリントン夫妻の側近中の側近」バージニア州のテリー・マコーリフ知事への違法な選挙資金提供の疑いで、二〇一六年六月、米連邦捜査局(FBI)と米司法省によって調べられていることが報じられた人物である。

 北朝鮮との合弁による服飾工場の経営、鉱山、石炭、鉄、非鉄金属の採掘、重油の販売など、北朝鮮とのビジネスを幅広く手掛けてきた四十代の馬暁紅董事長兼総経理(前出)は、「中共中央対外連絡部所属の工作員」と噂され、一説には北朝鮮取引の二割を牛耳っていたらしいが、彼女と王会長は密接な関係にあった。親北朝鮮の江沢民派、旧瀋陽軍区(北部戦区)の中核企業を担ってきた彼らも、すでに虫の息である。

 トランプ陣営にとっても、不透明なチャイナマネーで、表裏で繋がる米中関係を斬る上で好都合な流れにある。トランプ大統領が訪中した十一月、習主席は「中米関係の新たな歴史の起点に立っている」と述べ、環球時報の論説は「中国は北朝鮮との関係を犠牲にして、最大限の努力をした」などと記したが、北朝鮮問題をダシに体制転換と武器売買などの利益追求に走っているのだろう。

 ただ、北朝鮮情勢の今後について、「平昌五輪閉幕後に、米国が斬首作戦を実行」などの説も飛び交う一方で、「奇襲攻撃は非現実的」との論調も目立つ。とすれば、袋小路に迷い込まれた感があるのは米中なのかもしれない。

 金委員長は、国営メディアを通じて「新年の辞」を発表。「核のボタンが私の事務室の机上に常に置かれている」「米国はわが国を相手に戦争を起こせない」と牽制し、「核弾頭と弾道ミサイルを量産し、実戦配備に拍車を掛けるよう指示した」という。国際社会の厳しい制裁を受けながらも、金委員長が強気の姿勢を崩さないのは、様々な錬金術を会得したことも背景にありそうだ。「北朝鮮のハッキング能力は、世界七位内に入る」と、昨年十月、米インターネットメディア「vox」が報じた。七カ国とは北朝鮮、米国、ロシア、中国、英国、イラン、フランスだ。かつては、偽札や武器・覚醒剤の密売などが主な資金源だった北朝鮮は、今や最先端技術の悪用による「錬金」も可能となっているのだ。 また、北朝鮮から四十カ国前後に派遣される出稼ぎ労働者の賃金の九割も、北朝鮮政府に送られる。昨年は年間二十三億ドルの奴隷輸出売上があったと見積もられ、中国による締め出しは痛手だが、国連が決めた制裁決議を履行しなくても罰則はなく、派遣先がマレーシアやベトナムにシフトしていくだけ、との話もある。

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