浪速風

「趣味は政治」貫いた信念の人、野中広務氏 革新自治体の終わりの始まり演出

昭和53(1978)年の京都府知事選は日本の政治の転換点だった。7期28年にわたって知事を務めた蜷川虎三氏が引退した。「革新の灯台」と呼ばれ、カリスマ的人気の「トラさん」に苦杯をなめ続けた自民党は奮い立った。先頭に立ったのが、府議として蜷川府政と対峙(たいじ)してきた野中広務さんである。

▶「ここで勝負できなければ、永遠に勝てない」。地元選出の林田悠紀夫参院議員を立てた。渋る党本部を説き伏せるため、長老の前尾繁三郎元衆院議長は辞表をしたため、自宅の権利書を差し出したという。選挙取材は初めての小欄は、事務所の熱気と陣頭指揮する野中さんの気迫に圧倒された。

▶結果は全国的な革新自治体の終わりの始まりになった。野中さんは府政を軌道に乗せるため副知事に就任し、国政に進出したのは57歳だった。その後について触れる紙数がないが、政治家として常に信念を貫いた。そして、趣味を問われると、いつも「政治」と答えた。