露大統領選

(4)革命から100年 変わらぬ「専制の国」

 エリツィン氏は民主化の旗手としてソ連末期に台頭したが、議会制民主主義を制度として定着させることには失敗し、プーチン氏の強権体制に道を開いた。

 あらゆる改革が「上から」のイニシアティブで行われてきたことも、ロシア・旧ソ連の歴史を貫いている。改革が機を逸した結果がロシア革命であり、ソ連崩壊の激震だった。

 帝政末期の06〜11年には、プーチン氏も敬愛するストルイピン首相が農業改革に取り組み、個人農の創出によって革命を防ごうとした。しかし、急進化していた革命勢力は帝政温存の試みに反発し、ストルイピン氏の暗殺によって改革の道は絶たれた。

 ソ連末期のゴルバチョフ共産党書記長はペレストロイカ(再建)と称する改革路線を打ち出し、民主化や経済の部分的自由化に舵を切った。だが、ブレジネフ政権期に構造改革を怠ったツケは大きく、経済の破綻と民族問題の噴出でソ連は崩壊した。

 「プーチン時代」はすでにブレジネフ政権期と同じ約18年間続いており、やはり体制の硬直化が指摘されている。

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