欧州大陸のほぼ中央に位置する小国スロバキアは、カヌー界の強国だ。ここで武者修行を積んだカヌー・スラローム男子カナディアンシングルの羽根田卓也選手(30)=ミキハウス=が2016年リオデジャネイロ五輪でアジア初のメダルを獲得したことで知られるが、同国にはその後も日本から有力選手が渡り、20年東京五輪を目指している。その意気込みと、スロバキアの強さの秘密、そしてカヌーを通じた両国の友好とは-。
(ロンドン支局スタッフ 樋熊泰奈)
武者修行の系譜
「日本には人工コースがないため、川で練習する。それだと自然条件に左右され、練習回数が変わってしまう」
スロバキアでカヌーの強化を図る女性選手、八木愛莉さん(23)=ANA Cargo=は、日本とスロバキアのカヌー環境の違いをこう話した。
カヌー・スラロームが五輪正式種目となったのは、1972年のミュンヘン五輪。スロバキア・カヌー連盟会長のイバン・ツィバークさんによると、その直後の73年、スロバキア中部リプトブスキー・ミクラーシュで国内初、世界でも2番目の人工コースが着工し78年に完成した。
93年には国内2番目の人工コースが首都ブラチスラバに完成。羽根田さんや八木さんもそこでトレーニングをしている。人工コースでは、スロバキア人選手はもちろん海外の有力選手も汗を流すため、世界トップレベルの技術を間近で学ぶこともできるという。
スロバキアでの武者修行に先鞭をつけたのは、羽根田さんだった。2006年、高校卒業と同時に単身、スロバキアへ渡った。北京五輪(08年)で14位、ロンドン五輪(12年)で7位と着実に力をつけ、リオ五輪でアジア初のメダルとなる銅メダルを獲得。17年のフランス世界選手権では決勝に進出し、7位に入った。こうした羽根田さんの活躍で、カヌー競技と、スロバキアの認知度が、日本国内で飛躍的に向上した。