とちぎの明治150年

(1)宇都宮城の戊辰戦争 銃撃で土方歳三負傷 武士の時代終焉

休日は親子連れの姿も。市民の憩いの場として親しまれている宇都宮城址公園=宇都宮市本丸町
休日は親子連れの姿も。市民の憩いの場として親しまれている宇都宮城址公園=宇都宮市本丸町

 休日には親子連れの姿も目立ち、ランニングをするジャージー姿の老若男女、さまざまな市民が気軽に利用している宇都宮城址(じょうし)公園(宇都宮市本丸町)。市民の憩いの場である。

 また、西側のおほり橋からの入り口には復元された土塁の下に、宇都宮城ものしり館、まちあるき情報館があり、ボランティアガイドが市民や観光客を出迎え、宇都宮城の歴史などを丁寧に解説してくれる。一方、同園東側の清明館には、宇都宮の歴史と文化に関する歴史展示室や市民活動に利用できる多目的スペースがある。

 公園そのものは、幅11〜26メートルの堀が周囲を囲み、高さ約10メートル、幅約20メートルの土塁、その上に土塀や櫓(やぐら)があり、城らしい外観を備えている。だが、城跡らしく復元されたのは平成19年のことだ。

 ◆旧幕府軍が奪取

 今から150年前の慶応4(1868)年、宇都宮城は周辺の町と共に焼失。東西850メートル、南北900メートルの大きな城で、関東七名城ともいわれた雄々しい姿は一切が焼け落ちた。戊辰戦争「宇都宮城の戦い」である。

 新政府軍と江戸幕府勢力が激突したこの戦いは、戊辰戦争のターニングポイントの一つとなった。

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