「魂だけでも母の腕に」山本三男三郎少尉、B29に体当たり

 胸を打たれる出会いがあった。

 福岡県の筑前町立大刀洗平和記念館に、終戦間近に米軍のB29に体当たり攻撃し、23歳で戦死した陸軍飛行第四戦隊、山本三男三郎(みおさぶろう)少尉の写真パネルがある。

 学芸員からここ数年、山本少尉の命日の4月18日、山口県からある老夫婦が花束を抱えてやって来ると聞いた。

 どんな思いを抱いているのか。今年夏、山奥の農村で暮らす2人を訪ねた。

 聞くと、夫婦には娘がいる。その娘の夫が、山本少尉の遠縁だった。家族のため、国のために決死の覚悟で戦ったその「生きざま」に、いてもたってもいられなくなったという。

 2人は花束と一緒に山本少尉宛ての手紙も置く。

 今年はこう書いた。

 「一つしかない尊い命をささげ、青春、夢、恋人の全てを犠牲にして、この日本の平和の礎がある。魂だけでも、母の腕に帰られましたか? 子や孫が、これからの日本の平和を導いてくれるよう私たちが正しく伝えなければなりません」

 手紙はもう1通ある。山本少尉が撃墜したB29の搭乗員11人宛てだ。記念館には、B29の若い搭乗員の集合写真もある。

 「彼らにも愛すべき家族や恋人がいたことでしょうから」。2人はそう考え、悼辞をしたためる。

 「B29の搭乗員の皆さん全員が、故郷の母の腕に帰られることを祈ります。どうか太平洋の架け橋となることを…」

 夫婦は何日も前から、手紙の文面を相談し、練り直すという。

 ただ、夫婦は「周囲に波紋を広げたくないので、紙面では決して名前を明かしてほしくない」と強く訴えた。きっと「特攻を美化している」などと言われることを心配したのだろう。

 平和の尊さをかみしめるとともに、戦死者を静かに悼むことができない日本を思った。(村上智博)

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