年の瀬記者ノート

宮城 震災慰霊碑建立のその後 教訓、伝承に役立っているか?

震災遺構のJR旧野蒜駅近くに完成した慰霊碑。遺族だけでなく、多くの人の目に触れることで津波の教訓は生かされる=11月、宮城県東松島市
震災遺構のJR旧野蒜駅近くに完成した慰霊碑。遺族だけでなく、多くの人の目に触れることで津波の教訓は生かされる=11月、宮城県東松島市

 東日本大震災から6年を迎えた今年。東北の津波被災地では、月命日にそれぞれがどこかで思いをはせ、故人をしのぶ。時の経過とともに、慰霊のための記念公園などの施設が各地に完成している。そして、11日がやって来るたびに、訪れる人々の思いを尋ねようと被災地の震災モニュメントへ取材に向かった。その記事のスクラップを読み返してみると、「想像と少し違ったな」と、その光景を思い出す。(千葉元)

 5月11日、宮城県岩沼市にある「千年希望の丘」を訪れた。震災の教訓を後世に伝えようと、国の復興交付金や県の災害復旧金などを使い、防災公園として整備された。2年前の3月には天皇、皇后両陛下も視察、犠牲者の名が彫られたモニュメントに手を合わせられた。

 5月11日には午前9時から午後3時まで取材を続けたが、訪れたのは市内外の4組、8人だけ。

 沖縄から出張のため、近隣の仙台空港を利用したという20代の会社員女性は「ここのすぐ下まで波が来たなんて信じられない。恐ろしい」と丘の上から下を眺め、驚嘆した。一方、友人を亡くしたという名取市の板橋昭さん(66)は、自宅から距離があるという事情もあって、「いままで来たことはなかった」と話してくれた。

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