年の瀬記者ノート

那須雪崩事故 癒えない悲しみ乗り越え 栃木

 3月27日、那須町湯本の那須温泉ファミリースキー場付近で雪崩が発生したという一報を受け、現場に向かった。慣れない山道を上り、スキー場に着くと、急いで買った防寒着が全く役に立たないほどの吹雪。厳しい寒さで手足の感覚がすぐになくなった。

 県立大田原高校の男子生徒7人、男性教諭1人が犠牲となった雪崩事故。県高校体育連盟登山専門部の講習会に県内の高校7校62人の生徒、教員が参加していた。悪天候で予定の登山を中止、斜面を歩く訓練に切り替えていたが、先頭の大田原高のグループを雪崩が直撃、後続グループも被害に遭い、8人死亡、40人負傷の大惨事になった。

 訓練の実施を決めた引率教諭の責任や県高体連などの危機管理態勢が問われ、取材は長期戦となった。

 遺族への取材では、どんな言葉を選んでも自分の思いが伝わらないもどかしさが募った。話を聞こうとしても玄関先で断られる日が続いた。そんな中、犠牲となった教諭、毛塚優甫(ゆうすけ)さん=当時(29)=の遺族から取材に応じるとの返事が来た。

 父、辰幸さん(65)は「1カ月がたとうとして雪崩事故が報道されなくなった。忘れてほしくない」と涙ながらに訴え、「(引率教諭の)厳罰を望んでいる」とも。5カ月後、事故半年を迎えての取材では辰幸さんのやせた姿に驚いた。「本当は再発防止なんて私たちには関係ない」「早く息子のところに行きたい」。半年たっても癒やされない絶望感から出てくる思いに取材中にもかかわらず、涙が止まらなかった。

 事故原因や再発防止策を専門家の立場から議論してきた検証委員会が10月、県教委に最終報告書を提出した。遺族たちは検証委の議論を半年間見守ってきた。奥公輝(まさき)さん=当時(16)=の父、勝さん(46)は「われわれにとっては何の区切りでもなく、息子を失った喪失感は癒えることはない」と本心を吐露した。

 それでも遺族たちは、登山講習会の参加教諭に質問状を送り、独自に事故原因を調査。負傷者は出なかったが、同じく生徒が巻き込まれた平成22年の雪崩について再調査を求め、検証委を動かした。癒えない悲しみを乗り越え、原因究明と再発防止への強い思いを感じた。

 私は高校時代、山岳部に所属していた。登山は限られた物資と体力で過酷な状況に挑む。集団の連携も必要だ。食料や装備など、他の部員と分担して1人10〜15キロを背負って登る。持久走とはまた違った苦しさだった。途中で歩けなくなった私に「荷物を持ったら歩けるか」と聞いてくれた顧問の若い先生もいた。私は途中で退部してしまったが、今でもあの時の友人がいる。

 今も忘れない先生を、遺影でしか見たことのない毛塚さんに重ね合わせ、山岳部の友人や先生を失った大田原高の生徒の気持ちを考えると、胸が潰れそうになる。

 県警は業務上過失致死傷容疑で捜査しており、年度内にも引率教諭を書類送検する方針だ。(斎藤有美)

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 今年もさまざまな事件、出来事があった。担当記者が県内のニュースを振り返る。

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