徳富蘇峰と蘆花は不仲の兄弟で知られる。言論人の兄は「徳富」を用い、人気作家の弟は「徳冨」に固執した。小説『黒潮』(明治36年)の中で、蘆花は思想の異なる兄に断交を伝えている。「此(この)相違は…先天的相違なるを認めた」と。「富」と「冨」、点の一つにも悲話がある。
▼似たような挿話は線の長短にもある。「鉄」では「金を失う」と読めるため縁起が悪い。旧字体の「鐵(てつ)」を使う企業があり、「金」に「矢」で「●(てつ)」と読ませる験担ぎもある。JRの各社が「●道」の当て字をロゴに用いているのは、鉄道ファンならご存じだろう。
▼悲しいかな、矢のような輸送に心を砕くあまり、見失ったものも多い。博多発東京行き「のぞみ」の台車に見つかった亀裂は破断寸前だったという。停車があと少し遅ければ、どんな惨事を招いたか。そんな想像力すら働かない会社に乗客は命を預けているらしい。
▼小倉で焦げた臭い、岡山では異音を乗務員らが確認し、乗客から「車内にもや」の声もあった。JR西日本の運行区間である。異常を放置し、約3時間も走らせた神経が不思議でならない。新大阪駅では「問題なし」とJR東海に引き継いだというから言葉もない。