目を覚ませ韓国

近代化のため日韓併合推進した李氏朝鮮 それぞれが生き残るために選んだ「マイナスの選択」

 彼は本来、日本国天皇に心酔する「親日派」であった。朝鮮への思いを同じくする伊藤を誤解し、殺害したことで、皮肉にも併合を促進する結果を招いてしまったのだ。

 日露戦争後もロシアは太平洋進出の野望を捨てておらず、当時の客観情勢から見て、朝鮮半島を日本国の一部にして直接守る以外に、国の安全を確保するすべがなかったのは事実である。

 しかし、それには膨大な費用が必要となる。実際、1905年から45年まで、国家予算の10%以上を朝鮮半島の支援に当てている。「収奪された」のはむしろ日本の納税者なのだ。

 一方、韓国にとっても日本と一体化する以外に外国の植民地とならず、近代化を遂げる道はなかった。当時、最大の政治勢力であった一進会の訴えもあって「日韓合邦」への「民意」が韓国内に拡大し、李完用首相以下閣僚も近代国家へ脱皮するための唯一の道として日韓併合を選んだ。

 「日韓併合」は当時の弱肉強食の時代に、日韓それぞれが生き残るために選んだ、ぎりぎりの「マイナスの選択」であった。

 ■松木國俊(まつき・くにとし) 朝鮮近現代史研究所所長。1950年、熊本県生まれ。73年、慶応大学を卒業し、豊田通商に入社。直後から韓国担当を務め、80〜84年、ソウル事務所に駐在する。2000年に退社。韓国問題を長く研究しており、「慰安婦の真実国民運動」前幹事長。著書に『こうして捏造された韓国「千年の恨み」』(ワック)、『日本が忘れ韓国が隠したがる 本当は素晴らしかった韓国の歴史』(ハート出版)など。