関西プチ遺産

聖徳太子建立、平安遷都以前から鎮座した「六角堂」(京都市中京区)

聖徳太子が建立したとされる六角堂=京都市中京区
聖徳太子が建立したとされる六角堂=京都市中京区

 京都はお寺というイメージ。訪れる観光客の目的の一つはお寺巡りであろう。しかし、794年に桓武天皇が遷都した平安京の東西約4.2キロ、南北約4.9キロの京域の中に寺は3つしかなかった。平安京を鎮護するために南門の東側に東寺(教王護国寺)、西側には西寺(今はなし)、京域の中では六角堂だけ。東寺・西寺は新たに創建された寺だが、六角堂は平安遷都以前から存在していた寺である。正式名称は紫雲山頂法寺(しうんざんちょうほうじ)だが、本堂が六角形のため六角堂の名で親しまれている。

 仏教に関する説話を集めた『続古事談』(1219年)巻4には六角堂の創建について記されている。これによれば、聖徳太子が四天王寺を建てるために用材を求めて当地に来た時に六角堂を建立したとある。その後、平安京という新しい町が建設され、六角堂が計画街路の中に入ってしまった。「遷都の時、造宮使申ていはく『丈尺をもって(測定して)小路を打ちてさだめんとするに、六角の小堂、道の中心にあたれり。これ聖徳太子作り給へる六角の小堂なり』宣旨にいはく『他所へ渡すべし』」とあり、北へ5丈(約15メートル)ほど移したという。

 781年に平城京で即位し、784年に長岡京、さらに794年には平安京へ遷都した桓武天皇。台頭してくる寺院の勢力を排除したかったのだろうか、京域の中では新造された寺はない。平安京は寺の町ではなかった。

 六角堂、今は京の町にのみ込まれているが、境内には静かな空気が流れており、ホッとする空間である。(伊藤純)