理研が語る

行き先が見えない生物学の研究の旅、だからこそワクワクする さて今日もまたどこへ行く?

理研生命システム研究センター(QBiC)細胞シグナル動態研究グループ上級研究員の上村陽一郎さん
理研生命システム研究センター(QBiC)細胞シグナル動態研究グループ上級研究員の上村陽一郎さん

 今、このエッセーを書こうと机に向かっている。でも、何をテーマにすればよいのか、さっぱり思いつかない。最後の「。」を打つ時、自分はここに何を書いているのだろうか。そういえば、こんなことはエッセーに限ったことではない。私は生物学の研究を生業にしているが、その行き先が見えずにいつも困っている。

 私は細胞性粘菌という生き物を使って研究をしている。粘菌は土壌に生息する微生物で、土を取ってくれば簡単に見つけることができる。この生き物は周りに餌がなくなると、約10万個の細胞が集まって塊を作る。この時、細胞は環状アデノシン一リン酸(cAMP、サイクリックAMP)という物質を出し、それに向かって集まってくるのだ。この性質を走化性と呼ぶ。例えるなら、街を歩いていたらおいしそうな匂いがして、その匂いをたどっていくとどこかのお店にたどり着く-といったようなものだ。わずか10マイクロメートル程の大きさしかない粘菌細胞も、遠くからcAMPの発生源を見つけて集まってくる。

 最近、粘菌が持つこんなすごい能力のからくりの一端が分かった。私たちは粘菌細胞のcAMPを感知するセンサー分子と一緒に働くタンパク質を見つけたのだが、このタンパク質がなくなると、正常な細胞と比べて走化性がおかしくなる。そこで、考えられるセンサー分子の機能を調べたが、いっこうに異常は見当たらない。

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