「コンピューターに負ける日が来るのか」。20年以上も前、プロの将棋棋士を対象にこんなアンケートが行われたことがある。多くの棋士が真っ向から否定するなか、その日が来るのをほぼ正確に予想していた棋士がいた。羽生善治さんである(『人工知能の核心』)。
▼人間は人工知能(AI)とどのように共存したらいいのか。早くから関心を寄せていた羽生さんは、NHKの特集番組の制作にも関わった。昨年5月に放映された番組では、米国や英国に出かけて英語でインタビューしていた。過密な日程によって、肝心の将棋の対局で調子を落とした時期もあったらしい。もちろん、得たものも大きかった。
▼「将棋そのものを本質的にどこまでわかっているかと言われれば、わかっていないのが実情です」。竜王戦七番勝負を制して、史上初の「永世七冠」を達成した羽生さんの口から出たのは、意外な言葉だった。
▼羽生さんの著書によれば、人間にあってAIにないのは「恐怖心」である。人間が長い歴史のなかで生き延びるために獲得した。AIが人間の思考の盲点を平気でついてくるのは、怖いもの知らずだからだ。47歳の羽生さんは、改めて将棋の可能性の大きさと人間の能力の限界を思い知った。それが若手棋士をねじ伏せて、前人未到の偉業を成し遂げる原動力となったのではないか。
▼昨日の各紙の社会面は、祝賀ムードに沸く記事の横で、国の助成金をめぐる詐欺事件を報じていた。逮捕されたのは、計算速度で国内トップのスパコン開発に成功して脚光を浴びた人物である。AI革命の牽引(けんいん)車として将来を期待されていた。
▼人工知能は果たして人間を幸せにするのか。不透明な未来を暗示しているかのようである。