にもかかわらず、天皇陛下の真意は官邸になかなか伝わらず、報道ベースで皇室の「ご意向」が次々に漏れ伝わった。官邸は宮内庁との関係を強化すべく、警察庁出身で内閣危機管理監だった西村泰彦氏を宮内庁次長に送り込んだが、「菊のベール」は厚かった。
首相は昨年10月、譲位に関する有識者会議を発足させる一方、法制官僚らにひそかにこう命じた。
「皇室典範改正は最小限にとどめ、1代限り譲位を認める特例法を制定せよ」
「陛下のご意向」ではなく「ご意向に共鳴した国民の総意を受け譲位を実現する」と解釈すれば憲法4条に抵触しない。ギリギリの線だった。
それでも、譲位特例法をめぐる与野党協議は難航した。「皇室とのパイプ」を誇示する一部野党議員が「譲位の恒久化」を迫り、女性宮家創設までねじ込もうとしたからだ。「譲位問題で政局を招くわけにはいかない」。そう考えた首相は、高村正彦自民党副総裁と茂木敏充政調会長(現経済再生担当相)を与野党協議に投入して何とか事態を収拾させ、譲位特例法を成立させた。
これで一件落着、とはならなかった。譲位の日程をめぐり官邸と宮内庁の綱引きが始まったからだ。