ニュースの深層

「世界の記憶」は不公正? 却下される日本側申請→「南京」◎「通州・チベット」×

政府推薦でも不登録

 今回は、日本政府が推薦した案件が初めて不登録とされ、「理由が全く分からない。再挑戦できるのか」などと関係者に波紋を広げている。

 登録が見送られたのは、外交官、杉原千畝(ちうね)に関する資料「杉原リスト」。第2次大戦中、駐リトアニア領事代理だった杉原は、ナチスの迫害を逃れたユダヤ系難民に独断で査証(ビザ)を発給し、約6000人の命を救った命のビザで知られる。

 資料は、ビザ発給記録を含む外務省公信・公電やビザが記載されたパスポートなどで構成される。申請者は、杉原の出身地である岐阜県八百津町(やおつちょう)。日本ユネスコ国内委員会が1国2件の推薦案件を公募の上、選定していた。同町によると、可否に関わる指摘は事前にはなかったという。

 ユネスコは登録・不登録の理由を開示しておらず、林芳正文部科学相は「制度改善の動向を注視しながら対応を考えたい」と述べた。

 世界の記憶(世界記憶遺産)=重要な歴史文書や映像フィルムなどを登録する国連教育科学文化機関(ユネスコ)の事業。登録審査は2年に1回で民間団体や個人も申請でき、複数国にまたがる共同申請は1国2件の申請枠外で可能。条約に基づき政府代表が公開で審議するユネスコ世界遺産と異なり、文書管理の専門家で構成される国際諮問委員会(IAC)が非公開で審査、ユネスコ事務局長が追認する。登録件数は2017年10月時点で427件。

 通州事件=日中戦争開始直後の1937年7月29日、中国・北京郊外の通州(現・北京市通州区)で、駐屯日本軍が不在の間に親日地方政権の中国人部隊「保安隊」が蜂起した事件。朝鮮半島出身者を含む200人以上の日本人居留民が殺害された。多くの女性や子供がきわめて残虐な方法で殺害されたことで、日本国内の世論に大きな影響を与えた。

 幣原喜重郎(しではら・きじゅうろう、1872〜1951年)=外交官、政治家。両大戦間の大正末期から昭和初期にかけ協調外交を推進した幣原外交で知られる。先の大戦後の昭和20年10月に首相に就任し、憲法改正にかかわった。

 杉原千畝(すぎはら・ちうね、1900〜86年)=外交官。第2次大戦中の1940年7月から9月にかけ、駐リトアニア・カナウス領事代理だった杉原は、ナチスの迫害を逃れたユダヤ系難民に独断で査証(ビザ)を発給。約6000人の命を救ったとされる。当時、ドイツの侵攻を受けたポーランドからリトアニアに逃げ込んだ避難民は、米国方面への出国手続きに日本通過ビザを必要としていた。