石平のChina Watch

「習近平の兵隊」と化する解放軍…最高指導者の決断一つで戦争に突入できる危険な国になりつつある

 先月、中国共産党総書記に再任して以来、習近平国家主席は頻繁に軍関係の活動を展開している。同26日、習氏は北京で開かれた「軍指導幹部会議」に参加し、「重要講話」を行った。それに先立って、習氏は、19回党大会参加の解放軍関係者全員を招集して彼らに「接見」した上、短い演説も行った。

 さらに今月2日、習氏は中央軍事委員会主席として同委員会が執り行った「上将軍階級授与式」に出席し、上将の軍階級に昇進した軍人に新階級を授与した。

 同4日には、習氏は軍事委員会のメンバー全員を率いて、「中央軍事委員会連合作戦指揮センター」を視察した。習氏はその日、迷彩服までを身につけて軍の最高司令官として指揮を執るような演出を行った。軍を動かしているのは自分自身であることを強く印象付けたのである。

 中国の政治・経済・外交の全般を統括する多忙な身でありながら、習氏がわずか10日間で4回にもわたって軍関係活動に参加するのは異様な風景であるが、同5日、中央軍事委員会が全軍に対して通達したという「軍事委員会の主席負責制を全面貫徹させるための意見書」に、習氏の軍に対する特別な思い入れの理由を解くカギがあった。

 中国語のニュアンスにおいて、「軍事委員会の主席負責制」とは要するに、「軍事委員会の業務は全責任を持つ主席の専権的決裁下で行われること」の意味合いである。もちろん「主席」は、習氏であるから、この「意見書」は明らかに、中央軍事委員会における習氏一人の独占的決裁権・命令権の制度的確立を狙っているのだ。

 「意見書」はその締めくくりの部分で習主席の名前を出して、「われわれは断固として習主席の指揮に服従し、習主席に対して責任を負い、習主席を安心させなければならない」と全軍に呼びかけたが、それはあたかも、解放軍組織を「習主席の軍」だ、と見なしているかのような表現であろう。

 中国共産党は今まで、党に対する軍の絶対的服従を強調してきているが、少なくとも鄧小平時代以来、軍事委員会主席本人に対する軍の服従を強調したことはない。しかし今、習主席個人に対する軍の服従は、まさに「主席負責制」として制度化されようとしているのである。このままでは、中国人民解放軍は単なる共産党の「私兵部隊」にとどまらずにして、習主席自身の「私兵部隊」と化していく様子である。

 先月の党大会において政権内における個人独裁を確立した習氏はこのようにして、軍における自分自身の個人独裁体制の確立を図っているのである。上述の「意見書」はまさにこのための工作の重要なる一環であり、冒頭に取り上げた習氏による軍関係活動への頻繁な参加もそのための行動であろうと理解できよう。

 つまり習氏が今、解放軍を自らの「私兵部隊」として作り上げようとしていることは明らかだ。それによって政権内における自らの独裁体制をさらに強化していく魂胆であるが、外から見れば、それは実に大変危険な動きである。

 軍はいったん習氏の「私兵部隊」となって、習氏個人の意のままに動くようになると、中国は彼の一存で簡単に戦争ができるような国となってしまう。これから中国と他国との間で何か起きたとき、もし習氏が自らの信念に基づいて、あるいは単なる個人的な判断ミスに基づいて戦争を起こす決断を下してしまえば、中国国内ではそれにブレーキをかける人間はもはや誰もいない。つまり金正恩(キム・ジョンウン)氏の北朝鮮と同様、中国は今、最高指導者の決断一つでいつでも戦争に突入できるような危険な国になりつつあるのである。

 このような中国にどう対処していくのか、日本と世界にとっての大問題であろう。

【プロフィル】石平

 せき・へい 1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。

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