大韓航空機爆破テロ30年(1)

金賢姫元工作員、「日本の母」のメッセージに涙 横田早紀江さん「めぐみちゃんを見ているよう」

 めぐみさんとの出会いは偶然だった。1984年6月ごろ、仲の良い金(キム)淑(スッ)姫(キ)工作員から「玉(オッ)姫(キ)さんに会いに行くけど、一緒に行かない?」と誘われた。玉姫とは金淑姫工作員の日本語教育係をかつて担当しためぐみさんのことだ。勝手に会うのは規則違反だが、近いこともあり、めぐみさんが暮らす招待所を訪ねた。

 「何していたの」と聞くと、めぐみさんは「本を読んでいました」と答えた。物静かな女性で、よそよそしい空気が流れる。金淑姫工作員が「歌でも歌いましょう」と声を掛け、めぐみさんと「君が代」を歌った。「歌いやすいからかな」と気にとめなかったが、「日本のことを考え、帰りたい。そういう気持ち」を込めたのではないかと今は思う。わずか10〜15分ほどの運命的な出会いだった。

 それから3年。87年10月27日、重大な指令が下る。

 《ソウル五輪を阻止し、南朝鮮(韓国)傀儡(かいらい)に大打撃を与えるため、飛行機を落とせ》