新歌舞伎の2本立て。現代作家の視点から描かれる歴史上の人物には、心理、感情表現が現代人に通底する接点があって、演じる現代の俳優たちの芝居心にも照射される。歌舞伎に表装された現代劇といえる。
1本目が山本有三作「坂崎出羽守」。尾上松緑(おのえ・しょうろく)が初役で坂崎。祖父の二代目松緑、父の三代目松緑も得意とした家の芸を36年ぶりに勤めた。猛火の大坂城から救い出した千姫(中村梅枝(ばいし))を妻に、の約束を反故(ほご)にされ、美男の本多平八郎(坂東亀蔵)へこし入れと知らされた坂崎の嫉妬と怒り。やけどを負った顔の醜さゆえの諦念と武士の面目とのせめぎ合い。松緑は耐え忍ぶ間の芝居を強調したが、同じく目に負傷した家臣、源六郎(中村歌昇=好演)の武力解決への進言に激高する場の軽さで反比例してしまった。ありていにいえば、格好悪い武士の悲劇だからこそ、繊細より豪胆での孤独を見たかった。家康で中村梅玉(ばいぎょく)。
2本目の「沓掛時次郎」は、長谷川伸の股旅物の傑作。歌舞伎では二代目市川猿翁(えんおう)が演じて以来、41年ぶり。一宿一飯の義理で三蔵(松緑)を斬り、残された三蔵の女房(中村魁春(かいしゅん))と息子を引き取り旅鴉となる博徒の時次郎(梅玉)の後半生。粋な博徒を捨て、貧しく正しく生きようとくすぶるさまが見せ場だが、梅玉はすっきりした元筋者(すじもの)風で通す新鮮な時次郎。演出(大和田文雄)の手柄だ。侍にかなう梅玉に世話物代表作が生まれた。26日まで、東京・半蔵門の国立劇場。(劇評家 石井啓夫)