半島有事 起こりうる危機(下)

対馬海峡波高し…「李承晩ライン」相次いだ漁船拿捕

 収容所の勤務員が、収容者用の食器で、靴や汚れ物を洗うこともあった。

 「人道を無視した李承晩政府の行為は、天人共に許されるべきものにあらず」

 石井氏は激しい憤りの中で、脱走を決意した。収容所の出入り業者を通じ、小舟を確保した。

 10月20日深夜、監視員が酒盛りで酔いつぶれた隙を見て、仲間1人と脱出し、海岸のぼろぼろの小舟に乗り込んだ。

 2挺(ちょう)の櫓を必死に漕いで、対馬を目指した。食料は持ち出せなかった。

 24日未明、船底から浸水し、転覆した。死を覚悟しながら、舟にしがみつく。数時間後、山口県・仙崎港所属の漁船、金比羅丸が漂流する石井氏らを発見した。70時間を超える渡海だった。

 石井氏は手記の最後にこう記す。

 「李大統領の非道を訴え、日本政府の軟弱外交に一矢を報いる覚悟であります。厳冬を目前に控えて、異国の収容所に呻吟(しんぎん)する我が同僚を思うとき、一刻も猶予することは出来ないのであります」

 李承晩ライン設定前後から、日韓基本条約が結ばれる1965年までの約13年間、日本漁船328隻が拿捕された。船員3929人が拘束され、死傷者も44人に上った。日本政府は船員釈放と引き換えに、日本の刑務所に収監されていた韓国人受刑者400人余りを釈放した。