正論

なぜ韓国の文化は「ウリジナル」なのか? 「『分からないもの』に対して何をするかが問われている」 羽生善治さんの至言が示す人文科学の危機 筑波大学大学院教授・古田博司

世界認識に必要な「因果律」

 真剣に考えに考えた末、30年後に、ハイデッガーの言葉を使えば急に「到来」し「時熟」したのである。「韓国人は文化が何かよく分からない」という単文で到来する。到来したら、自分が勉強した思考経験や現地で体験した知覚経験から、自分の体内時間を「今」のカーソルのようにして、記憶から次々とコマを切り出していく。

 そしてならべて因果のストーリーを形成する。これが「超越」だ。なぜそうするか。人間は因果のストーリーなしには世界を認識できないからである。人間の体内時間はベルクソンにならって「持続」というが、これには明らかに流れがある。フィルムのコマみたいに現実を写し取って記憶の方に送りこんでいく。だから因果のストーリーがないとダダモレになってしまうのだ。地図なしに世界中を運転するようなものである。

 新聞は、天気予報と今日のテレビ番組表以外は、ほとんど昨日以前のことが書かれていて、これはもう「歴史学」といっていい媒体なので、未来のことを書くとボツになりやすい。だが、あえていえば、AI(人工知能)は生命体ではないので、「持続」を生きることはできない。だから、人間とは別の量子物理学の時間で生きることになると思う。

 当然、因果の意味は分かるわけがない。鉄骨が人間の頭に落ちてきたら、人間は死ぬくらいの「直近の因果」は分かるらしいから、もう意識を持っている。ただそれは植物以下の「静謐(せいひつ)な意識」だと思われる。

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