平成29年秋の叙勲

旭日双光章受章のデストロイヤーさんインタビュー 引退から24年、いまの生活は? 「力道山がナンバーワン」 

 --日米通算で約8500試合を行ったと聞いたが、印象に残っているレスラーは

 「力道山にはいつも感銘を受けたし、ジャイアント馬場、アントニオ猪木、ジャンボ鶴田も、とても強かった」

 --最も印象に残っているレスラーは

 「ナンバーワンといえば、力道山だろう。彼の空手チョップは他の誰よりも強烈だったよ」

 《素顔での写真撮影をお願いすると、『日本人の前ではマスクは脱がない』と断られた。覆面レスラーとしてのイメージを保つため、来日の際、2001年の米中枢同時テロが起きるまでは、マスク姿で空港の入国審査を受けていたという徹底ぶりだ》

 --マスクをかぶったきっかけは

 「1963年の力道山の試合の直前だ。ロサンゼルスのプロモーターに、覆面レスラーの『デストロイヤー』として試合に出るように言われたんだ。初めての大きなチャンスだった。渡されたマスクはウール製で、着け心地が悪かった。それで別のレスラーからマスクを借りたら、そのまま食事ができるほど快適だった。女性用のガードルだというので、すぐに妻とデパートに買いに出かけた。売り場で女性用のガードルを頭からかぶっていたら、みんなが私を見にやってきたよ。当時は妻の手作りのマスクで、今はアディダス製のものを使っている」