平成29年秋の叙勲

旭日双光章受章のデストロイヤーさんインタビュー 引退から24年、いまの生活は? 「力道山がナンバーワン」 

 《1963年に行われた力道山との試合で初来日したデストロイヤーさん。足4の字固めを披露し、日本に空前のプロレスブームを巻き起こした》

 「1941年の日米開戦のときは10歳だった。日本と米国は敵だったのに、それから23歳のときに力道山との試合で初来日したときには、日本人にとても良くしてもらった。初来日では10日ほどしか日本に滞在しなかったが、それが私や家族の人生を変えた。自分が叙勲に値するかどうかは分からないが、日本で仲間と時間を過ごしたことはとても楽しかった」

 《初来日から約10年後、デストロイヤーさんが全日本プロレスに所属したため、一家は1972年から79年まで日本で過ごした》

 --米国で人気のレスラーだったのに、なぜ日本に

 「ジャイアント馬場に、彼の会社(全日本プロレス)のため、日本に来るように誘われたんだ。彼は、私を日本人の仲間のように扱ってくれた。その当時、カリフォルニア、テキサス、ミネソタなどの各州で試合をして、米国内で試合をする場所がなかったことも理由だ。住んでいたニューヨーク州では、覆面姿でレスリングをすることが許されていなかったので、日本に行くことは良い選択だった」