本郷和人の日本史ナナメ読み

「城攻め」の謎(上) そもそも武士が籠城する目的は?

実は平安時代末とか鎌倉時代初め、城は大した防御施設としては機能していない。寄せ手が本気なら、すぐに落城しているのです。その点で、千早・赤坂の城はなかなか落ちなかった。城のポテンシャルを遺憾なく発揮した、という点で、楠木正成は日本史上のパイオニア、といえるかもしれない。やはり、ものすごく卓越した戦術家だったのですね。

なぜ城を攻めるか。答え(2)としては、その城を攻め落とすと、政治的・経済的な利益が見込めるから。一番分かりやすい例は、明治維新時、西郷隆盛の江戸城攻めでしょう。将軍家の江戸城を落とせば、「もう徳川の世は終わりだ」と満天下に示すことができる。もしくは、「100万都市」江戸の持つ豊かな経済力を手にできる。西郷さんは政治的な効果より、実利を重んじた。それで勝海舟の提案した「江戸の無血開城」に乗ったのでしょう。戦火を免れたおかげで、江戸の町はそのまま明治政府の「東京」に変貌することができた。明治天皇をお迎えし、文明開化・富国強兵を号令するセンターとして機能できたわけです。

(1)と(2)は分かりやすいのですが、問題は(3)です。いわゆる「境目の城」の城攻め、というヤツ。これについては次週お話し致しましょう。

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