本郷和人の日本史ナナメ読み

「城攻め」の謎(上) そもそも武士が籠城する目的は?

肥後直熊筆の西郷隆盛肖像(東大史料編纂所蔵)
肥後直熊筆の西郷隆盛肖像(東大史料編纂所蔵)

最近、「そもそも、なぜ城を攻めるのか」という疑問にとりつかれています。城郭研究者は「この縄張りの、ここがすごい」とか「この施設には、こういう工夫が凝らされている」という点を教えてくださるのですが、ぼくの疑問はちょっとそれと違う。A武士は攻撃されたら、なぜ城に立て籠もるのか。B攻め手は、防御施設である城に、多大な犠牲がでるのは分かっていて、なぜ攻めかかるのか。Aはまあ、分かるのですが、Bですね。

戦国史研究家の西股総生さんのすぐれた著作に学びながら、自分なりに少しずつ考察を重ねて、先日、徳川美術館と東武カルチュア向島文化サロンの講演でお話ししてみました。これが自分としては大失敗。何を疑問としているのか、その答えとしてどういう仮説をもっているか、うまくお伝えできなかったのです。それで敗北感にうちひしがれながら、東京大学での講義で法科大学院の学生さんと議論しているうちに(というか学生さんたちに教えられて)少し分かってきたことがあります。それを書いてみたいと思います。

なぜ、城を攻めるか。まず簡単な答えとしては、(1)そこに生かしておけない敵がいるから、です。これは分かりやすい。実例として源頼朝の金砂城攻めを紹介します。治承4(1180)年に伊豆に挙兵し、南関東を平定して鎌倉に拠点を定めた頼朝は、すぐさま北常陸の佐竹氏攻撃に取りかかった。佐竹氏は源氏の名門で、事と次第によっては頼朝に取って代わる可能性をもっていました。佐竹氏は頼朝に従う姿勢を見せなかったので、これを放置することはできなかったのです。

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