【ソロモンの頭巾】長辻象平 田んぼダム 多発する豪雨水害の緩和に一役 - 産経ニュース

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ソロモンの頭巾

長辻象平 田んぼダム 多発する豪雨水害の緩和に一役

【ソロモンの頭巾】長辻象平 田んぼダム 多発する豪雨水害の緩和に一役
【ソロモンの頭巾】長辻象平 田んぼダム 多発する豪雨水害の緩和に一役
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 水田を利用するユニークな治水技術が各地で広まりをみせている。その名称は「田んぼダム」。

 大雨が降ったとき、上流側の水田群に一時的に雨水をため、流下量を減らせば下流側の水位上昇を抑制できる。新規の大規模施設に頼ることなく洪水による被害軽減を図るのが田んぼダムの考えだ。

 近年の気候変動で多発傾向にある集中豪雨から、地域の人々の命と財産を守る適応策として、田んぼダムの存在感が増している。

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 田んぼダム発祥の地は、新潟県北部の村上市。

 市内の神林地区には低平地があって大雨時に上流側の水田に水をため、下流の水位が下がってから放出するという試行的な調整が行われた歴史がある。約60年前のことだ。

 雨の降り方が激しくなってきたこともあって、2002年から地域での取り組みは、より本格的なものに発展した。これが現代の田んぼダムの始まりだ。

 新潟県のホームページには、こうした歴史と田んぼダムの説明がある。

 「広大な水田に雨を広く浅くためることによって洪水被害を軽減する試み。水田の排水マスに落水量調整板を設置することで、降水時に水田からの排水を通常より時間をかけて流下させるというもの」だ。

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 新潟大学農学部の吉川夏樹准教授は、水環境工学を専門とする農業土木の研究者。06年に新潟大に着任するとただちに神林地区に足を運んだ。

 以来、水理と水利の両面から田んぼダムの研究を続けている。研究室を訪ねると、田んぼダムの利点を熱い口調で語ってくれた。

 「まずは、即効性と低コストということですね」

 どちらも多目的ダムなどと比べて桁違いの差異がある。大型ダムでは計画から完成までに数十年を要するのに対し、田んぼダムでは上流側の農家の合意が得られると、その翌年からでも機能を開始する。

 田んぼダムの要となる落水量調整装置には、水田の畦(あぜ)に設置されている排水マスの形状などに応じて複数の方式があるのだが、最も単純で安価なものだと300円程度。この装置は直径5センチ前後の丸い穴が開いた板なのだ。

 地域の水田の1万カ所に設置しても300万円で済む。それに対し、大型ダムなら1基で数百億円を下らない。

 それだけでなく新規の大型ダム建設は、困難な時代になっている。そこにもってきて洪水による災害が発生しやすい雨の降り方が増加中。気候変動のスピードに追随可能な田んぼダムへの期待は高い。

 本場の新潟県内での田んぼダムの面積は、普及初期の2005年には2000ヘクタール弱だったのが、年々増えて15年の時点で1万1100ヘクタール、15市町村での実施となっている。見附市の導入率が目覚ましい。

 全国的には北海道まで東日本を中心に導入の輪が広がりつつあるようだ。

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 吉川准教授は、大雨による洪水被害をシミュレーションし、田んぼダムの効果を地図上で分かりやすく示すことも行っている。

 2011年7月に新潟県中越地方を襲った豪雨についても新潟市内の白根地区などで田んぼダムの効果を検証している。

 信濃川と中ノ口川に囲まれた同地区には低地が多く水害を受けやすいのだが、総面積3600ヘクタールを擁する田んぼダムの水田群は、ピーク時には167万トンの雨水を「広く薄くため」、地域の浸水被害を軽減させていたという。

 田んぼダムの効用は他にもある。吉川准教授によると耕作放棄による水田の荒廃防止にも役立つということだ。

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 今回の取材のきっかけは10月下旬に都内で開かれた「水辺の自然再生共同シンポジウム」だった。

 パネル発表の会場で東北興商(本社・仙台市)が扱う、排水マスと落水量調整装置を兼備した田んぼダム用の製品や根元信一社長の説明に接して、興味をそそられた。

 米どころの新潟で生まれた治水技術を核として流域の農家と自治体、研究者らが一体となった田んぼダムの取り組みには大きな可能性が息づいている。日本の水田面積は250万ヘクタールと広大なのだ。

 田んぼダムのさらなる普及には、水田の農林水産省と治水の国土交通省の連携強化が望まれる。所管意識の壁で迷惑するのは国民だ。