大雄寺、宝物公開 本堂など9棟重文に 藩主甲冑や吉宗寄贈の経本も 栃木

 7月に本堂など9棟が国重要文化財に指定された大田原市黒羽田町の大雄寺(だいおうじ)で11月4〜30日、宝物収蔵庫「集古館」が特別公開される。黒羽藩主、大関氏の家紋入り甲冑(かっちゅう)や鉄製仏具「雲版(うんぱん)」の拓本などが初公開される。由緒ある名刹(めいさつ)の歴史を知る貴重な機会だ。 (伊沢利幸)

 大雄寺は応永11(1404)年に大関氏の旧居城の白旗城内(同市余瀬)に創建され、600年以上の歴史を持つ。天正4(1576)年に大関氏が黒羽城に移った際、寺も現在地に移転。以降、大関家の菩提(ぼだい)寺として興隆した。本堂、庫裏(くり)、総門、鐘楼などを茅葺(かやぶ)き屋根の回廊でつなぐ「七堂伽藍(がらん)」の構成で、禅宗寺院の様式を伝えている。

 特別公開では甲冑の他、経蔵の棟札(国重文)、木版一切経(県指定文化財)の一部、紙本墨画「楊柳観音図」(同)、室町時代の雲版(千葉県指定文化材)の拓本、黒羽城郭図、救世(ぐぜ)大師像-など数十点が展示される。

 甲冑「色色糸威(いろいろいとおどし)具足類」は江戸時代前期の作で、大関氏の家紋「大関沢瀉(おもだか)」がかぶとに入っている。木版一切経は経蔵内にある八角形の書庫「輪蔵」に納められている4500巻の経本で、徳川吉宗から寄贈されたと伝えられる。

 雲版は食事の合図などに使う鉄製の仏具で、現在は千葉県の寺が所蔵。「応永二十二年下野国那須栗山大雄禅寺」と記され、室町時代のもので、大雄寺が白旗城内にあったときに使っていたとみられる。拓本は足利出身で県内考古学の先駆者、丸山瓦全(がぜん)(1874〜1951年)が制作した。

 救世大師像は江戸時代後期の藩主、大関増業(ますなり)が文政2(1819)年に全国各地の樹木で68体の観音像を制作、寺に安置した。下野国は桜の木を選んだ。

 倉沢良裕住職(66)は「集古館の特別公開を通して、寺の歴史や文化を多くの人に伝えたい」と話す。

 また、同市黒羽庁舎で4日、国重文指定書の伝達式が開かれ、文化庁文化財調査官の小沼景子さんが「大雄寺の建造物の評価について」と題して記念講演する。問い合わせは同市文化振興課(電)0287・98・3768。