【陸上】前田彩里、けが乗り越え復活の駅伝区間賞「ホッとした」 - 産経ニュース

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前田彩里、けが乗り越え復活の駅伝区間賞「ホッとした」

快走する前田彩里(ダイハツ)=22日午後、福岡県福津市内(宮沢宗士郎撮影)
快走する前田彩里(ダイハツ)=22日午後、福岡県福津市内(宮沢宗士郎撮影)

 故障を乗り越え、陸上界期待の星が復活を果たした。22日に福岡県の宗像ユリックスを発着する6区間、42・195キロで行われた全日本実業団対抗女子駅伝の予選会。2015年世界選手権(北京)マラソン代表の前田彩(さい)里(り)(ダイハツ)が国内2年ぶりのレースを区間賞の快走で飾り、「自信になった。ホッとしている感じ」と表情を緩ませた。

 台風21号の影響で強風が吹き荒れる悪条件の中、2番目に距離の長い準エース区間の5区(10・4キロ)にエントリー。4位でたすきを受け取ると、林清司監督の指示のもと、向かい風に真っ向勝負するかのように前傾姿勢で前に進んだ。9キロ手前では佛教大の後輩、桑原彩(さやか)(積水化学)を抜き、チームの3位に貢献した。

 大学4年生だった14年に大阪国際女子マラソンに出場。42・195キロは初めてだったが、日本学生記録を5分も塗り替える2時間26分46秒でゴールした。卒業後には強豪のダイハツに進み、15年の名古屋ウィメンズで2時間22分48秒の好タイムをマーク。世界選手権では13位だったが、力強い走りで次代を担う存在として期待され続けてきた。

 だが、左もも裏に故障を抱え、16年3月に手術。フォームのバランスが崩れて疲労骨折も味わった。走れない日々に「実業団選手として、仕事としてやっていていいのかな」との思いもよぎったという。

 母親の淳子さんには無料通信アプリ「LINE」で「辞めたい」と漏らしたこともあった。淳子さんも市民ランナーで、14年の大阪国際では、母娘の合計タイムが「同一レースで親子で最も速く走ったマラソン」としてギネス記録に認定された。

 「まだ(彩里は)3回しかマラソンを走っていない。私はもう、40回以上走っている」。笑いに変えて励ました娘が復活し、予選会を現地で観戦した淳子さんは「(2年間は)本当に長かったが、時がたってみると短い」と感慨に浸った。

 区間10位以内の走りを求めていた林監督も「現実的に、前田が走れるようになるか分からなかった。これで一安心」と振り返った。悩める25歳を「大丈夫。マラソンでオリンピックを狙おう」と後押ししてきただけに、喜びもひとしおだ。

 駅伝でしっかり結果を残し、来年3月の名古屋ウィメンズでマラソン復帰を目指す。「そこが一番、狙っていきたいところ」と前田。20年東京五輪へと続く道を、再び駆け出した。(坂井朝彦)