髪を金色に染め、喧嘩(けんか)ばかりしている中学1年生だった。担任の先生は有り余るエネルギーの振り向け先として、高校のボクシング部を紹介した。もっとも村田諒太選手の自伝『101%のプライド』によると、2週間で練習をやめてしまう。
▼2012年のロンドン五輪で男子ミドル級の金メダルを獲得するまで、何度もボクシングから逃げ出した。北京五輪出場を逃してしばらくは、引退生活も送っている。そんなボクシング人生のなかでも最大の試練といえるのではないか。プロ転向13戦目で初の黒星を喫した、今年5月の世界ボクシング協会(WBA)ミドル級王座決定戦である。
▼村田選手は、相手のエンダム選手からダウンを奪い、何度もぐらつかせた。審判の判定は不可解としかいいようがない。言いたいことは山ほどあったろうが、潔く結果を受け入れた。以来燃やし続けていた闘志をすべて、パンチにこめているように見えた。
▼22日に行われた再戦では、一方的に攻め続け、ついに7回終了時、戦意を失ったエンダム選手にTKO勝ちを収めた。フジテレビの中継はその瞬間26・7%を記録した。各局が衆院選の特別報道番組を流している最中である。新王者の誕生をどれほど多くの人が楽しみにしていたかがわかる。